下へ
下へ
2007年12月30日(日)
自分の中にスペースを作る

意識の上の余裕が一番大事だと思います。
年の瀬が押し迫って慌ただしさを増しても、バタバタと慌ただしく行動をしていても、心のスペースには空白の余裕を持たせておきましょう。
やせ我慢でも心に余裕があると自分で思えれば、余裕が生まれるような気がします。
大晦日でも元旦でも365分の1です。
同じ1日を、何を考え、どう行動して、どのように過ごすかは、自分自身を反映しての表現でしかありません。
あせらずゆっくりと確実に、自分の時を刻んでいって欲しいものです。
人生の最重要事項は、自分を磨いて社会に反映させることです。木を切り倒すだけで斧を研ぐことを忘れないようにしないといけません。
私もこの宿題を来年に持越しです。
今年も、リアルで、考えて、読んで、自分に向き合った年でした。成長はソコソコということにしておきましょう。

2007年12月28日(金)
1年間で自分の中に何が残った?

1年が終わろうとしている押し迫ったとき、残すところあと3日。今年の始めに何を目標に何を自分に課しただろうか。とんと思い出せない。何も無かったのかもしれない。
1年を過ぎて、自分の中に残るものが何もないことは、自分を許しがたく感じて「しっかりしろよ」と言いたくもなる。
密かにつけているのが、読んだ本の題名と読み初めと読み終わりの日付をシステム手帳に記入している。
1年でどれだけの本を読んだかを記録している。
今手元にある本を読みきれば95冊くらいになる。
去年は88冊だったから、少し増えた。
私は1行を2度読むから、遅読なんである。
2度読まないと自分の中に入ってこないんである。
ペースがのらない本は読むのをやめるし、無理しては読まないんである。
読んだ本の題名を読み返して、こんな本を読んだかなと思う題名が並んでいる。記憶のあやふやなこと、悲しくなる。読んだ本の中で、覚えておきたいことはワードにシステム手帳サイズのテンプレートを作っておき、それに書き写す。それを印刷して持ち歩き、銀行などに行った待ち時間に読み返すようにしている。
遅々として深く掘れないんである。すべてが自己表現だから自分を現していくしかないんであるが、何も変らぬ自分を今日も引きずって歩くんである。
来年の今ごろも読んだ本の冊数を数え、自分の底に無知で無能な自分を感じているんだろうか。
今読んでいる本は、ひろさちやの「”狂い”のすすめ」だ。題名から見て、私にとって時節を得た本かも知れないナー。

2007年12月25日(火)
来年は明るい?それとも暗い?

来年は明るい年になって欲しいものです。
しかし、見通しは暗いですね。明るい話題が起こってほしいがその下地が見えないです。
日本は政治的に弱いから、世界から翻弄されて一番の貧乏くじを引いているような気がします。
ガソリン代高騰のシナリオを書いて、実行しているグループと国はどこか。ガソリン消費国は団結できないのか。OPECに対抗した消費国の団体が出来ないか。
陰で操って高騰分の利益を誰が得ているのか。
はっきりして欲しいものです。
国同士の利害は政治的駆け引きですから、日本は国際的に政治が弱い。アメリカが日本を政治的に庇護してくれるわけもないしナー。
アメリカは政治的レポートが多く集まり、その中から実行可能な政策を議会を通さずに、大統領直下から撃ってくる。
それが明らかになるのはいつも何十年後だ。
日本もそういう機関を持つべきなんだが、それも議会を通さねばならない。中国から金をもらったりしている議員の賛成多数を得ねばならない。実行不可能である。
秘密裏に運ぶ政策もあろうにと思う。

どちらにしても今のアメリカの力と政策には適わない。
日本は平和外交に徹する以外方法はない。

しかし大東亜戦争の戦争責任を謝って歩くことはしないで欲しい。この頃大東亜戦争の評価で、GHQの戦後政策で刷り込まれた日本悪者論が、ほとんどアメリカの謀略に載せられてやむにやまれずの歴史的事実がはっきりしている。
アメリカが正義の顔をして実利を得ていて一番の悪だが、ロシアも中国も悪で味方には出来そうにないし、戦略的選択としてアメリカとの同盟関係を続けていくしかないが、日本は弱い小さないろんな国と意思疎通を頻繁にして、多くの国がNOをいう取りまとめ役になり、大国だけが好き勝手に、思い通りにやっている今の現状に、風穴を開けて欲しいナー。
日本にもKKK団のような、マスクをかぶって顔を隠す秘密政治団体を作るべきじゃないだろうか。
国会議員の先生はアメリカや中国を気にして、本当の意見を言えないから、本当の意見を言う場を作るには顔や立場が分かってはまずいだろう。
今は、ネットやブログで匿名でどんどん配信できるんだから、国会議員の先生は表の顔の意見以上のものを持っていないということなのだろう。

2007年12月24日(月)
「日本文明」の中で生きていることを自覚

今日はクリスマスイブ。
毎年の如く、キリスト教徒でもないのに、この日はケーキを食べる。
ケーキ屋さんは一年で一番忙しい日だ。
大晦日になれば除夜の鐘を突きにいき。
お正月には雑煮を食べ、誰もが初詣に行く。
初詣を外人が見ると、日本人はものすごく宗教心の厚い国民とビックリするそうだ。
しかし日本人のこれらの行動は宗教心から行われるのでなくイベントなんである。
これらのイベントを通じて区切りをつけているんである。
「日本文明の真価」の中で清水 馨八郎は、日本文明を探る上で日本にあって外国にないもの、外国にあって日本にないものを考察するなかで、日本文明を明らかにしようとする。
「ただいま」という言葉は外国語にはなくて、日本独自の言葉だという。「行ってきます」「ただいま」「いってらっしゃい」「おかえり」「いただきます」「ごちそうさま」などの言葉はすべて、一つの行動から次の行動に移るときの儀式なのだという。
その言葉によって、気分を切り替えているのだ。
なるほどである。
ゲタ箱も外国にはない。
欧米では外から帰ってもその靴で家に入っていく。日本人は玄関で靴を脱いでから入る。外と内との区切りである。玄関で靴を脱いで家庭モードになれるのだ。
正月になると日本人は初詣に行かずにはいられない。宗教心があるわけじゃないんだが神社に行くんである。
行かないと、日本人として新年の気分がしないんである。あと数日イベントが目白押し、日本人として日本文明を追認しながら生きていきましょう。
2日からの「遊び始め」や「ことはじめ」も日本人の行動パターンとして大事ですよ。「遊び始め」はヴェネにいらっしゃい。

2007年12月22日(土)
昔に戻りたいと思いますか?

クリスマスもすぐ、お正月もすぐ、だけど特別な感じがしないのは、なぜだろう。
昔の特別な日がなぜかどんどんと無くなっていきます。むき出しの今日があるだけで、待ち望みドキドキして期待する日がなぜかなくなりました。
日本社会は、毎年同じようにクリスマス、大晦日、お正月をやっています。きっと私の方が変わってしまったんでしょう。特別な感慨も無くクリスマス、大晦日、お正月を迎えることがあるなどと、少年の頃は思いもしませんでした。
しかし、昔に戻りたいと思うことはありません。
キラキラ輝いていたと思う昔も幻想で、心の中で昇華してしまった理想化されたむかしがあるに違いありません。
若い頃は、苦しく先に希望が見出せない不安感だけを抱いていたように思います。若さは魅力ですが、すべてが未熟で心もとない自分を感じていたから、昔に戻ることなどどうして望みましょう。
しかし、店の女性はよく言います。
「10代に戻りたい」と。
娘と書いて、女が良いと書きますから、娘時代は箸が転げても楽しかったんでしょう。
かくも女と男は印象が逆のように、まるで違うのでしょうか。
女は若いというだけでちやほやされ、女が歳を取ると見向きもされない印象を持つ。
男は歳を重ねて財産が出来ると、人間的に素晴らしいと限らないのに大したものだと思われる。
男は若いときは金は無く、何の自信も無い。むき出しの若さだけを抱えて進むしかないんである。
そんな時はヴェネチィアに突撃して、今日をリセット。また明日再生する為に、今日をリセットするんである。

2007年12月21日(金)
酔っ払いお父さん、どこ行くの?

12月にしてはヒマなので、小松の街を少し歩いてみました。閑散としていて、「どうなっているのかな?年末なのに」と思い帰ってきました。
しばらくしたら何人かバラバラとお客さんが来てホッとしました。あの人通りのない街の、どこからお客さんが湧いて出てくるのか不思議に思います。
割烹や一杯飲み屋で飲んでいたのでしょうが、どこもシーンとした状態に思えたのです。
飲んで勢いをつけて、あちこちと飲んで歩くパターンなんでしょうが、昔ほど長居をするお客さんが少なくなりました。早々と家庭に帰って、奥さんやテレビを相手に飲んでいるんでしょうか?
「男は午前様で帰るもんだ」と思っている豪傑は、いまどきいないんでしょうかね。
酒に飲まれて酩酊状態で、本人は至福の時を楽しんでいる光景が年末にはあちこちと繰り広げられていたのに、みんなソクサクと家路を急いでいるように感じられて仕方ありません。
酔っ払いに社会の風は厳しくなってきたからね。
お父さん、理性を失わず楽しみましょうね。
羽目を外すのは、ヴェネチィアの中だけにしときなさいよ。

2007年12月20日(木)
トラ箱が空箱になったそうな

例年の12月と違って、今年はものすごくヒマです。
それは飲酒運転の罰金が厳しくなった事が、一番の原因に上げられるのではないでしょうか。
トラ箱と呼ばれる酩酊者を収容する施設が無くなったそうです。
例年12月はトラ箱が満室になるほど盛況だったのが、今はガラガラだそうです。

それほどに飲酒に対する社会のイメージが変ったということでしょう。
以前は酒の付き合いは仕事の延長と思われ、職場の人間関係を有効にする手段でもありました。
一緒に飲めないと付き合いの悪い奴となり、仕事にも反映しないとは言い切れませんでした。
今では飲酒運転で捕まったら、会社は即刻首でしょう。職場を失ったり、高い罰金を払うことを考えたら、同僚と飲みにいくメリットは無くなったわけです。
忘年会で大騒ぎするグループはいなくなりました。
飲酒運転は当然駄目なわけですが、社会の勢いまで無くなってしまうような気もします。
いままで行き過ぎた振り子が、反対側に振れた現象なんでしょうが、生活に大きく影響を受ける側としては頭を抱えるわけです。
割烹や大衆酒場のお客も激減しているでしょう。
享楽的嗜好が隅に追いやられ、ストレスの持って行き場のなくなった日本社会はさらに鬱的状態を強めていくような気がしてなりません。

2007年12月14日(金)
いでよ!竜馬

押し迫った師走ですが、ちっともそんな気がしないのは、私だけなんでしょうか。
年末といえど、昔のようにクリスマスや大晦日やお正月のイベントに酔いしれることがなく、いつもと同じ日が流れているように思えて、ただ仕事が休みだったりの違いでしかないと思えるのは、それだけ歳を重ね苔むした感覚のなせるせいなんでしょうか。
心は青年なんだけどなー・・・
今年もあと何日とカレンダーの升目が下のほうに移って残り少なくなって、カレンダーでのカウントダウンが始まりました。新しいカレンダーもボツボツと配られて周りは慌ただしさを増しています。
私一人が取り残されて、いつも日常をアタフタと送っているうちに、社会は暦の時計を大きく進めているのを気づかずにいたようです。
今年が猪年だったことも知らず、去年の賀状に猪の絵を使ったことはとうに忘れ、来年の今ごろもねずみ年だったなんて忘れているのでしょう。
意識は私の興味の対象をなぞっていくだけで、対象外は私の意識に入ってもきません。歳の瀬も近いことだし、年賀状を書いて、遠くなった縁者知人に心の思いをしたためねばならないから、意識をそちらに移さねばならないのに、いまだ目の前の仕事ややるべきことに忙殺されて、手付かずの状態。そういえば去年も同じように過ごしていたなと思いました。私がやることは私をなぞっていくしかないのだから、今年も去年もきっと来年も、今と同じ私をなぞっているのだろうな思うと寂寥に包まれます。
私も外から黒船が来ないと自己変革ができないようです。私の中に竜馬がいるかな?

2007年12月10日(月)
情報の海に自分は・・・

パソコンや携帯から、インターネットにつなげられるから情報難民にはならないまでも、ネットの情報を見ているだけでは受身だから面白くもない。
情報を発信したいけれど、毎日書き込んで更新する新鮮な情報を持っても居ないから書き込みもすぐに枯渇してしまう。
情報の海から何を汲み取りまたは何を注ぐのかは、結局個々人の感性だから高度な情報を受け取れる、または高度な情報を発信できる自分自身を作りたいが、どうしたら自分を情報発信的に高められるか方法がよく分かっていない。
より広く理解することと、より深く理解することを、どちらも出来ずにいつも何にも中途半端な自分を感じてしまう。
目標やビジョンや将来を明確に持てたらいいが、行き当たりばったりで今日まで来ているから、これからもこうなんだろうなと思っている。
自分に合わせて穴を掘る以外は、方法を知らないんだから、誰もが自分という限界を引っさげて社会と向き合っているんだよな。
ちょっとナーバスになってきた。

2007年12月6日(木)
白人の侵略性を理解した

「侵略の世界史」を読みました。
白人がアボリジニのインディアンを何万人も殺し、アフリカ人を捕まえては奴隷として売買して働かせ、アフリカからアメリカに連れて行く間に2人に1人は死んだそうです。人間と認めていず大西洋にどんどん捨てていったそうです。

植民地で殺戮や収奪などが行われたから、ヨーロッパやアメリカが力を得たのであって産業革命の裏にアクドイ収奪があったからです。
アメリカの戦争も、アラモ砦から始まるすべての戦争がリメンバー・・・となる、わざと味方に危機的状況を作って、アメリカ人の敵愾心に火をつけるやり方です。
ハワイを併合したのも騙し、日本に宣戦布告をするように仕向け真珠湾にガラクタの戦艦を集めてリメンバー・パールハーバー。イラクに戦争を仕掛けたのも兵器産業や石油の為でした。
白人世界の歴史を検証してみれば、血の上に築かれた繁栄でしかありません。
戦後日本だけが悪いようにアメリカに思わされてきました。この本を読むと呪縛が解かれます。
ぜひ勧めたい本です。

2007年12月4日(火)
いつの間にか、年長者

月日の経つのは早いものです。
紅顔の美少年?もいつしか年長者の仲間入りをして、ヴェネチィア内では私が一番の年長になってしまいました。純情で無垢な心が、いつしか世間ずれしてきているのでしょうか。本人は至っていつまでも変らぬ心を持っているつもりでいるのですが。
この速さで人生が流れていくと、あっと言う間に私の人生の終焉を迎えてしまうように感じて焦ってしまいます。
人生を楽しまないうちに終わってしまっては、悔いばかりが残ります。
貴重な人生の時間を楽しんで過ごしてもらうために、ヴェネチィアは存在します。
あなたのお越しをお待ちしております。

2007年12月2日(日)
昼から営業

12月は、「お昼から営業」しようという話しが店で出ていて、次の金曜日くらいから試しにやってみようということになっています。
お昼の時間に来れる人は吉報でしょう。
お客さんに伝わらないと、店を開いてもお客さんがこないんじゃ頑張る意味がないし、友達に広めて欲しいです。
お昼だから、出勤数は多くは予定していないんですが、数人いればいいでしょう。
需要がどの程度あるかはやってみなければわかりませんから、来れる方はどんどんいらしてみてください。
期待して、待っています。

2007年12月1日(土)
人生は眠る前の3分間で決まる

「人生は眠る前の3分間で決まる」って、信じられます。寝入りばなのレム睡眠状態は顕在意識から潜在意識への移行のときで、眠る数分間の意識が潜在意識に埋め込まれて、潜在意識が自動的に潜在意識に埋め込まれたものを達成してしまうというものです。
眠るときはポジテブな考え方で、ワクワクしながら眠ったほうがよいそうです。
「いい明日がくる夜の習慣」という本の話です。
若いときから明確な目標を持って、目標に向かってまっしぐらに歩んだほうがよかったなーと、今にして思いますね。道草ばかりの人生も味があっていいでしょうが...

上に

上に