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2007年4月30日(月)
人あたりを防ぐには

ゴールデンウイーク突入!!
日本全国、大移動に突入です。
どこに行っても、人を見に行くようなものですが、やはり休みが長いから行楽地に皆が押しかけます。
東京ディズニーシーや、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンや、富士急ハイランドなどの遊園地系統は、「人当たり」を起こして気持ち悪くなる人もいます。
こんな時、どうしますか?
人ごみに入るときは、人間に七つあるチャクラの、お尻にある気の導入口のチャクラを閉じた気持ちになることで、防げるかも知れません。
瞑想の指導者から聞いた話しで、私がチャクラ操作を出来ているから人当たりがしないのか、確信は無いんですが。
眉唾でも、みとうの地なら見よう見まねでやってみるのが自分を広げ感性を磨く道です。
ただ男は左脳が強いようで、私も理屈理論を考えるほうで、女の方が右脳で捕らえているようなところを感じるんです。
もっと右脳を鍛えて、感性豊かに暮らしたいものです。
花を見ても美を思わず、絵を見ても絵の評論を先に読んでから見るようでは、音楽を聴いても旋律やリズムに反応すること無いんでは、右脳は死んでいる。
右脳開発に、まずは身体に刺激を与えに、ヴェネチィアに来てみたら。

2007年4月29日(日)
「くそリスト」が浮かんだら

思い出すと顔をしかめる、舌打ちしたくなる、嫌な思い出がある。
「くそリスト」と呼ばれるものだ。
行動したとき、同じような経験の「くそリスト」を思い出して悔恨で心を曇らせる。
行動こそが大事だと闇雲に行動する。
その結果、自分の中に「糞リスト」を増やしていく。
若きときに犯した自分の多大な「糞リスト」を増やさないためにも、行動に移すときの行動の基準となる、考え方を鍛えることこそが必要なのだと思う。
ニュースにも、ドラマにも、テレビにも、思料の無い行動だけがあふれているような気がする。
行動はもちろん大事で、物事を変化させる力になる。
だからと言って、右往左往して自分を空しくしてもいけないのである。
足が地に着かない行動、キョトキョトする行動は避けたいものである。

推奨される行動とは、まずはヴェネチィアに行く行動こそ、推奨します。
自分の「糞リスト」を思い出して心が曇ったら、ヴェネチィアに行きましょう。

2007年4月28日(土)
退屈が嫌でこの仕事を選んだか?
水商売の特徴は毎日が変動することでしょう。
いろんなことが起こり、それに対応せねばなりません。
酔ったお客が問題を起こすときもあれば、ホステスさんの対応のまずさで、お客の感情を逆なですることもあります。
警察沙汰になることすらあります。
前世というものがあるとしたら、私は退屈なのが嫌で生まれるとき、この仕事を選んできたのかもと、考えたくなります。
ただ問題はいろいろ起こるんですが、現象に囚われることなく底に流れているものを見ると、感情的な満たされないものや、変動のない毎日に現象的な過激を求めているようなことも感じるわけで、人間は隠された語られない物語を後ろに抱えて今を生きているようなところもあって、その時は一面的に判断してしまうのですが、しばらく時がたって後から気づくわけです。
人は過去を背負って、親や祖父母や親類縁者や仕事内容や土地財産や教養など人間関係や生まれ性別、いろんなものを溶け込ました総体として今ここにいるので、そう思えば自分の一歩の行動に生半可な衝動で物事を決定することが出来なくなるんじゃないでしょうか。
連綿と続く系譜の、祖先からの血の継続としての私が、現代と言うフロントに生きて、祖先の血の系譜を次に伝えるだけでなく、祖先の側から見たとき、自分たちの果たせなかった願いや思いを、子孫の私が体現してくれるように願っているような気がします。
何気ない一日ですが、そこに感じる思い、隆起する感情、一日一日の自分の生き様が自分を創っていくことを思って生きていこうと思うけど、すぐに流されて機械的に作用している自分を反省。
2007年4月27日(金)
幸せしてますか?

誰もが幸せを求めて、自分が足りないもの欲しいものを求めて活動しています。
何も無いところから始め、アパート住まいの毎日から買い揃えて行って、車を買い、家を買い、家族を持ち、そしてもっと大きな車、もっと大きな家と欲望は留まることなく膨らんで、まだまだと前進あるのみと突っ走って生きています。
物質的に多くを持ったからといって幸せかと言うと、幸せを感じるのは少しの間だけ、あの人はもっとすごいとか、テレビの画面との比較で自分を小さくし、欲望を掻き立てることで不満を募らせている。
幸福とは心の満足に他ならないから、自分の心を訓練して多くの幸福を感じるために、小さなことにも満足感を得れるようにしたほうが良いと思う。
究極的には、どんな状況に置かれても、満たされた平穏な心を自分の中に持っていることが幸福なのだと思う。完全に自分の心をコントロールできたことが、解脱とか悟りとか言えるのじゃないかな。
解脱や悟りでは性欲やDNAからの指令はコントロールできるんだろうか?
性欲の無くなった歳にならないと悟れないとしたら、それほどDNAの設計図の存在は大きいと言える。
やはり人はDNAのロボットなのかなー。
私の中の「利己的な遺伝子」は今日も耳元で囁くのじゃないですか、「早くヴェネチィアに行こう」と。行かないと・・・。

2007年4月26日(木)
ベネで男磨きの日々

今日はソフトタッチゾーンに、若くて綺麗な子が入店したので、久々に店も華やいで活気があります。
入店したばかりの時は心配もあって、指名で呼ばれないと自信も無くなってくるものですから、お客さんが指名してくれることが一番なんです。
女の子を応援するには、指名してあげることが何よりですよ。
それがヴェネチィアを応援してくれることにもなりますよ。
どんどん新しい初めての子を指名して知り合いになって、社会性を磨き、コミニケーション力を磨いて、ストレスも発散できて、料金は割安で言うことなし。
ヴェネチィアを活用して、今日も男磨き。
歯磨きは毎日、男磨きも毎日。

2007年4月25日(水)
隠れた努力を見てほしいな

ゴジラ松井がホームランをかっ飛ばしました。ケガから復帰したとたんですから、さすが大物って感じですね。拍手を送りましょう。
ところで、私たちは表面的な報道で彼の活躍を知るのですが、彼の努力の姿をそれほど多くは知りません。
でも、これだけ活躍するには、人並み以上の訓練や努力があるはずです。
彼だけではなく、多くの野球選手は私たちの知らないところで、懸命に努力をしているのです。
打てないからと文句を言い、エラーをしたからと罵声を浴びせる・・。ファン心理と言ってしまえばそれまでですが、もう少し奥の方まで見る必要があるように思えてなりません。

 ヴェネチィアも日々努力を惜しみません。
あなたに愛されるために、頑張っていますよ。
その成果をお見せしたいな。
お出でくださいね。

Mukai

2007年4月24日(火)
日本の教育レベル復活なるか?

全国一斉学力テストが始まりましたね。
やはり教育が大事ですね。
昔は世界でも1、2位の学力を誇った日本が、今では見る影もないですからね。日教組のせいなのか、文部科学省のせいなのか。ゆとり教育は破綻しました。
外国から働き蜂と言われたから、土日休みでゆとりを持たせた結果は、競争力の低下。
教育も受験競争の反省からゆとり教育を導入し、学力が低下。
家庭教育では、私も子供にどんな躾をするべきか分かっていませんでした。家庭教育は父親の影響はまったく小さいです。
だから母親が子供を駄目にしているという意見もあるくらいです。

親業の本を読んだのは、子供が大きくなってからでした。
社会人教育は花盛りです。
大学も開放されているし、放送大学もあるから、意欲のある人にはやることがいっぱいある時代です。
いままでは福祉にお金をかけすぎましたが、高齢化社会で福祉のお金が下がることはないが、一人当たりの福祉金額は下がる一方でしょう。
教養を身につけ豊かな人間性を養い、健康意識を高めて、心身ともに豊かで心配の無い高齢社会にしたいものです。
金があっても車椅子生活じゃいやだなぁ。

2007年4月23日(月)
慣れる・・と言う事

選挙も終わって、町の中が随分静かになりました。
あれだけの喧騒を経験した後だけに、物足らなさを感じます。
不思議なものですね。
人間と言う生き物は、「慣れる」という事ができる生き物です。
良い方向に向かえば「熟練」となりますが、悪い方向にむかうと、「慣れあい」とか「おざなり」になるんですね。
気をつけなきゃって思います。

 さあ今日も気を引き締めて行きましょう。
ヴェネチィアは頑張ります。
あなたも元気出してヴェネチィアに来てくださいね。

mukai

2007年4月22日(日)
自己変革の方法

言葉は自分の中にあるものを出力することです。
自分の中にある、自分こそが大事なんですが、自分を自分が引き上げるためにはどうするかが問題なんですね。ほとんどの人は、生まれっぱなし育ちっぱなしで生きて、自分を成長させることよりも、お金を得て生活を成り立たせるために、汲々として一生を終わってしまうような気がします。
小林正観は自分の世界を広げるものとして、「読書、旅、人の話」をあげています。
高橋佳子
は”「私が変わります」宣言”で人間が変わるための方法を受発色を変えることを提案している。心を心でつかむ方法を止観シートで行っている。

問題は私の資質が大雑把なのか、止観シートを緻密に書く行為が適さないことです。
快・暴流と快・衰退のタイプの私は対応した行をすればいいのだが、なかなか取り組んで自分を変革することは難しい。
行も止観シートも全然やらないが自分を変えたいと思っているんですね。

あぁーーー(ため息)これを書きながら、高橋佳子の「新しい力」や「私が変わります。宣言」を読んでマーキングして、自己変革するために努力していたのを思い出しました。
本気で自分を変革しようと思うなら、もっと真剣になれ!自分よ。

2007年4月21日(土)
自分を探す

 言葉はその人の心を写す鏡です。
何気ない言葉の中に、その人の考え方や生き方が現れるそうです。
例えば朝の挨拶でも、「おはようございます」と「おはよう」では、受け取るほうの思いは随分変わっているはずです。
「お疲れ様」「お疲れ様です」でも同じこと。
ほんの僅かの違いですが、人の心にどのように響くかは大きな違いです。

 自分の世界が広いと、発する言葉のボギャブラリーは多くなります。
様々なシュティエーションに応じて言葉を使いこなせるようになるでしょう。
自分の世界を広げるには、先ず興味をもつことです。
興味を持って物事を見れば、色々な知識を素早く吸収出来るはず。
本を読む・他人の話を聞く・旅行で見聞を広める・多くの人と接する・・。
これらは全て自分を磨く手段として有効だと聞きました。

 さて、ここまで書いて自分を見直したとき、なんにもしていない自分を発見しました。ああ、情けない。
でも心理学者の本には「自分を知ることは全ての出発点だ」と書いてありました。
さあ私とともに出発しませんか。
まずは自分を知ることからはじめましょう。

mukai

2007年4月20日(金)
言葉のだいじさ

言葉は使う人の育ちも、出身地も、教養も、知性も、年代も、時代も、性別も、人格も、性格も、立場も、階級も、人の全てを表してしまう。
だからこそ、言葉を発する自分自身の中を深め耕していく必要がある。ましてや接客業の私たちは生きた言葉を使い、自分の魅力を言葉に載せて表現せねばならない。
言葉の汚い荒い人で性格の優しい人はいない。
言葉が汚かったり荒ければ、性格は悪いし、皮肉屋で素直な表現はできず、悪い性格の心模様を現していると思って間違いない。
優位性を出すために悪い言葉を使って、自分を強いように表現しようとする人もいる。
わざと悪ぶって汚い言葉を使う若い人がいるが、悪い言葉がすっかり自分のものになった頃に、人は離れていくと思って間違いない。

自分の言葉を、最適で好印象を感じる言葉を選んで使える人になれたら魅力的な人になれる。
やさしさこそが強さなのです。
汚く嫌な言葉を直せない人は、場に適応した言葉を選択することができない、柔軟性に欠けた人です。
人から嫌われることを自ら選択した人です。
ヴェネチィアは人間観察現場、ベネで何も学べないとしたら、別の意味で不感症かもよ。

2007年4月19日(木)
春本番でーす!

暖かい一日でした。
車で走っていても、窓を開けないといられないくらいです。
昨日の寒さがウソみたい。
「三寒四温」って言うけど、そうなんだ・・と実感しました。でも明日あたりから少しずつ下り坂なんだって。
長続きしないね。

 ヴェネチィアは小松で30年の老舗。
でも日々新しいことにも挑戦してるんですよ。
ぜひ確かめに来て下さい。

2007年4月18日(水)
社会人の為の教育は・・・

長崎市長が暴力団に拳銃で殺されましたね。
暴力団が合法的に存在することが大体おかしいですね。暴対法が出来て威力行為は出来なくなりましたが、まだこういう価値観を持った人間が居るんですね。
やくざの考え方を維持していくのも今の時代大変だろうけれど、威張った言動を取っていた人が今更普通に変えれないんでしょうかねー。
一生を棒に振ってまで守る意地なんですかね。
広く本を読んで多くの考え方を身に付けることなどしていないだろうから、狭い自分のものの見方考え方に固執してしまうんでしょう。
社会や時代の流れと要請を感じて、柔軟に考え方を変えていけるような自分でいることが必要ですね。
社会的化石にならないように、ヴェネチィアでの社会勉強は有意義ですよ。社会人教育担当のヴェネチィアです。
井の中の蛙では、人生楽しくありませんよ!
これを、読んでる殿方は違うでしょうけど、貴方の周りの、ヴェネチア・・・なんて、と思っている、かたを、誘って是非遊びに来て下さいね!
人生観かわるかもよ!
asami

2007年4月17日(火)
通り雨発見!

ちょっと肌寒さを感じた今日一日でした。
さっき金沢からこちらに向かう途中、雨の塊を見たんですよ。
解りにくいかな??
空の一部分が真っ黒の雲のかたまりがあり、その雲から灰色のカーテンみたいに地面に向けて雨が降っていたんです。
部分的に濃い灰色のところもありました。
そこはかなり強く降っていたんじゃないでしょうか。
すごい自然現象でした。

 今日の変わりやすい天気とは違って、ヴェネチィアはいつもの通り全力投球ですよ。
安心してお出でください。

2007年4月16日(月)

ヴェネのホステスさんも出勤時間に近くなると行きたくなくなってきたり、気分がだるかったり、重かったり、ムシャクシャしたりするし、月曜だから暇なんじゃないかとか、いろいろ考えたりして出勤数が結果的に少なくなってしまうのです。
休みが多い人で、3日に1日は休むのも普通に休みが多い子の休み方で、もっと休みの多い子はほとんどが休みで、出勤がポツポツの子もいます。出勤数が少ない子ほど、出勤するのに意思の力を多く使っていて、半分以上は引きこもりかも知れません。
同じ休みでも、朝から決まっている休みでなく、やっぱり休もうと決めた休みは、休んだからといって特別に何かを出来るわけでなく惰性で時間を浪費していってしまう休みなんです。
迎えの時間近くに友達から「・・・に行かない」と電話があってノリで「行っちゃおか」となって、その時は楽しい時間を過ごしたつもりでも、1ヶ月の必要なお金は差し迫ってくるし、携帯の請求書もくるし、ガス代、水道代、アパート代、払うお金に追いかけられる生活で、気持ちの余裕が無くなってから、店に真面目に出勤する人も実は多いのです。
休むと決めて予定表に書き込んだ以外は、医者に行くほどや生理以外はとにかく出勤すると決めて出勤する義務を自分に課せばいいんですが、休む理由はいくつでも見つけ出せるのに、出勤する理由を見つけれなくなるんです。
「人の振り見て、我が振り直せ」で、私も戒(いまし)めなくっちゃ。

私に教えるためにこの現象を見せていると考えて、ここから何かを学ばないと。
歳を重ねるだけではただの年寄りになるだけですからね。

2007年4月15日(日)
パブロフの犬、レコードの針の毎日

ヴェネでは、近くの店から出前を取って食事をする。
私の注文は、店によって何を頼むか決まっている。
ホステスさんやスタッフに「また同じものだ」と呆れられている。
駒長は力うどん、清ちゃんは天津メン、きりは今なら鍋焼きうどん、南栄はあんかけ焼そば、この頃坦々メンになった。

習慣というが、習慣は条件反射でパブロフの犬である。レコードの針が同じ溝を毎回通るようなものである。
生活習慣病も、悪い習慣を毎日の繰り返すことで起こる。
私はあえて同じものをいつも食べている。
季節によって食べるものが違うし、店によって食べるものが違うからそのままにしてある。

私は自分では意志が強いと思っていないので、習慣の力を借りて継続している。
毎日ジムに通って10年以上になる。
ジムが休みや催しがある以外は通って泳いでいる。
習慣の力を借りると、苦痛を感じないで続けられる。
運動するしないは別にしてとにかく行く。
行けばたいがいやるもんである。
風呂に入るときも、いつもと同じしぐさでベルトが当たって痒い所を掻きながら入る。

いつも同じように繰り返すことで10年継続する難事業を易々とこなせる。
人は意思が強いと思っている。

こちらはただパブロフの犬をやっているだけなのである。レコードの針なんである。
問題は単調な毎日の繰り返しの中に楽しみを見つけなくてはいけない。
それには自分に眼を向けれるかである。

2007年4月14日(土)
諸行無常の世で

朝方降った激しいスコールと強風で桜はあっという間に葉桜になりました。
散る桜に風情があるのは、ハラハラと散るからであり、強風で否応もなくもっていかれて、車が通ると舞い上がる花びら、L字講に吹き寄せられてゴミと化してしまった花びらは、諸行無常のこの世を感じさせます。
季節の流れは、ゆっくりとしかし確実に私たちの命を刻みながら流れていきます。
何をやって過ごしても、何もやらなくても、ベルトコンベアーで運ばれる先には死が待っています。
だから散る桜に無常を感じるのでしょう。
共に行くみちゆき、今宵もベネにつどって狂乱の宴をかこつのも、無常の世のなごりと知るべきでは。
ベネにて、待つ。

2007年4月13日(金)

今日は「はな金」ですよね。
まず先に謝っておきます。− すいません! −。
ホステスの出勤が芳しくありません。
努力はしたのですが、でも、ご安心下さい。
どこかのお店みたいに、掛け持ちしたりしませんから・・。

さて、今日は23度まで温度が上がりました。
5月中旬の気温だそうです。
桜の花も一気に満開になり、散りごろの様子です。
あす、あさっては花見のピークでしょうね。
花見の前に、ヴェネチィアで姫の花見をしましょう。
・・そうしましょう・・。

2007年4月12日(木)
ヴェネチィア アース論

ヴェネチィアの存在がなくとも、世の中は何も困らずにいつものように回っていくんですが、人は理屈どうりに肩肘張って生きるだけでなく、寂しくなったり、人恋しくなったり、アホやったり、身体が異性を欲したりと計画的に機械的には生きれない面がありますから、そんな時ヴェネチィアの必要性が出てくるような気がします。
静電気が溜まっていることを自覚できずに金属に触れたとたんにビリッとくるように、私たちも自覚しないでいつの間にかストレスと言われるものが溜まって、特に性的な妄想や想像が駆け巡ると会社で会う女性にも変なことを考え、現実にはいつものように仕事していても、想像の中では頭の中では何度も犯しているようなことが男には出てきます。
頭の中で何度もトレースされた想像が、手に入る条件が整った現実の場で、行動の引き金を引いてしまったのが性的犯罪ではないでしょうか。

そうならないように防ぐのがヴェネチィアの存在です。
私はヴェネチィアアース論と言っています。

人間はアース的な時間や場所や相手をもっているかどうかで自由度も高まってくるのじゃないでしょうか。

日頃の堅苦しさを癒すために、妄想が頻発するようになったと感じたら、ヴェネチィアでアースしましょう。
時として、男の動物としての魔の時間がよぎります。
自分のDNAに運転されないよう、引き込まれないようにヴェネチィアを活用してくださいね。

2007年4月11日(水)

 桜吹雪の中でヴェネチアのお姉ちゃん達は散る事を知りません。
 今日も少数精鋭の乙女達が あなたをお待ちして居ります。
 全員、腕によりをかけて御奉仕させて頂きますので
花見のお帰りにぜひお立ち寄り下さい。
 満開状態では何処の花よりも美しく絶対に花粉症には成りません。

2007年4月10日(火)

昨日でしたか、金沢の桜が満開になった・と、発表されてましたね。
勿論標準木がそうなっただけで、県下全域ではないのですが、春本番を告げる言葉です。
今週末あたりは、花見の場所取りが熾烈を極めるのでしょうね。

 ヴェネチィアにも桜満開の兆しです。
花にも勝る自慢の姫が、あなたのお越しをお待ちしていますよ。
今宵はヴェネチィアのミラーボール越しに花見としゃれ込みましょう。

2007年4月9日(月)
ヴェネチィアの役目
どの仕事にも悩みのようなマイナス面のようなものがあるように思います。
現場の仕事なら3Kのような、きつい、汚い、危険の面があるし、営業なら仕事を取るためにマイナスなことは言わないこともあるし、公務員なら税金で養われている負い目でしょうか。
対面的には医者や弁護士や公認会計士や大学教授は社会的地位も知名度も高いわけです。
しかし内情はお金への誘惑やいろんな葛藤もあるわけです。
お金と直接かかわる仕事もあれば、お金に対して下流にある研究や開発の仕事もあります。
マイナス面や悩みの無い仕事はないと言えるのではないでしょうか。
みんな何らかの後ろめたさや、不安や、嫌だなと思うことを抱えながら、自分の仕事に向き合っているのではないでしょうか。
ヴェネチィアの仕事も、人に対して自慢できることは何もありません。
お客と現金をやり取りして、お金に対して上流にいるかも知れませんが、仕事の社会的な地位は最下位に位置するのではないでしょうか。
人から「どんなお仕事ですか?」と聞かれると、言葉を濁してしまうホステスやスタッフが多いでしょう。
人間観察や人間理解という切り口で考えると、特に人間の性を考えたときに、自分の中に織り込まれたDNAに対峙しDNAの命ずるままに行動を選び取っていくか、DNAのスイッチが入り、脳の性欲の部分が刺激され、妄想を膨らませる彼と我とが何の差も無いことを理解しながら流されながら生活を送っていく。
この仕事で人間を理解しろと、ヴェネチィアに置かれたのかなと思わないこともありません。
あなたもヴェネチィアに自分の性と向き合いにいらっしゃいませんか?
根源的な自分探しの旅はヴェネチィアからです。
2007年4月8日(日)

近くに住んでいる人から、今日の”店長のつぶやき”はどんなかね。と、声をかけられました。
世は桜の咲き競う春爛漫のこの時期、私も町内の花見親睦会にと参加したのです。
私は日頃は酒を飲まずに、イベントや休みの時しか飲まないのですが、今日は解禁日。
まずは身を清めてと、お風呂に入った時の会話なのです。

お互いが、持つべきものをぶら下げての一物を持っての素っ裸での会話だったのです。
冷静沈着で理路整然な私が、思わず感情を現して喜んでしまったしだいです。
今までは、私の思いを石(意思)のつぶてにして、何も無い空を目がけて放り投げているイメージだったのですが、「あぁ、読んでくれているんだ」それも私の知っているご近所さんが、何と言うか「別の時空で繋がった」ような親近感を覚える体験でした。

ディスプレイを前にして、自分の中にあるものを言葉に翻訳する作業は、自分の中に言葉を捜して、内省を繰り返す作業に他なりません。
確かに私が書いた文章でも、外でディスプレイを通して他の人の携帯を介して見る私のつたない文章が、普段見慣れたものと違って光沢を放って私に迫ってきました。

身体の中でうれしさと面白さとで、私の血も駆け巡り、そこにビールと日本酒をたらふく注ぎ込んでやったものだがら、私の身体は嬉々となり、ハイとなり、高みへと向かうのです。
「待て、人目もあることだし、ここは一つ平静を装って渋く行きたいところ」が、思わずこぼれるニタリズム。
今日の体験を通して書いてる私が、「少しでもおもしろいものにしたい」。
吟味の回数が多くなっているような気がします。
読んでくれる人に励まされ勢いをつけられます。
これからも応援をお願いしますね。

2007年4月7日(土)
お花見!!

金沢の堤防の桜も5分咲きでした。
昨日今日と、暖かいから、会社で、仲間で、花見に大勢が繰り出しているんじゃないでしょうか。
花見は日本だけのふぜいです。
いっぱい楽しみたいものです。
桜に浮き足立って、桜田門に捕まるようなことのないように、飲酒には気をつけましょう。
花見で仲間と一緒に酒を飲んで、勢いを付けて飲み屋街に繰り出すのが定石の行動パターンでしょう。
廻るコースの中には、ヴェネチィアがモチロン入っているはずです。
連れ立ってお越しください。
今日は、ほとんど全員が出勤して、お待ちしております。

2007年4月6日(金)

今日は暖かかったですね。
日差しもあって、まずまずの一日でした。
能登の復興もすすんだのではないでしょうか。
自然に対しては無力の私たちですが、震災から立ち直る力は自然以上のものがあると信じています。
がんばれ・能登!

平穏な小松のヴェネチィアは元気一杯営業中。
お待ちしてますね!

2007年4月5日(木)
生活に浸透するヴェネ

意識するしないにかかわらず、時代や技術にいつも向き合いつつ私たちは暮らしていきます。
パソコンや携帯電話や、今では当たり前のように無くては過ごせない物に囲まれて、数年前はその存在さえも知らなかったものの恩恵を受け、もう過去のそれらがなかった地点には戻れません。
IT技術の進展の裏で、競争で忘れ去られていったものや技術、ロータスや一太郎や桐やカード3のソフトは、その後どうなっているんでしょうか?
ロータスや一太郎はいまでもあるけれど、主流からはずれマイクロソフトの一人勝ちが続いています。

Windows以外のOS、フリーのOSが一時出ていたけれど、一般の人が使えるようになるんでしょうか?
我がヴェネチィアもいつの間にかお客さんが意識しないうちにお客さんの生活の中に浸透し、ヴェネチィアがなくては仕事が終わっても何の楽しみもないような、無くてはならない存在になるべく、小松近辺の男性諸氏の救世主となるべく、ヴェネチィアの存在の意義を認識しながら毎日の仕事に精をだしていますよ。
ヴェネチィアのよさを、経験的によく知っているお客さんに利用して楽しんでもらえますよう。
時代は変わり、以前あった後ろめたさの感情も薄れ、積極的に楽しもうと思うお客さんが増えてきました。
お客さんの遊びが、ホステスの生活を成り立たせているのですから、持ちつ持たれつ、ドンドン遊んで欲しく思います。

2007年4月4日(水)
お客さん送迎開始

ヴェネチィアで3回居ると、送迎しますよ。
時間でいうと1時間半居られれば寺井、粟津くらいの距離までお送りします。
これは帰りの足を心配している方にとっては、願ってもないこと。
タクシー代でもう一回遊べると思えば、無理しても延長して遊んでいこうかと思えます。

うまく利用して、かしこく遊んでくださいねー。
花見の時期、飲む機会も多くなります。
飲んで運転は厳禁ですから、送迎があるならヴェネチィアに寄って遊んで帰るかといきたいものです。
待ってますね。

2007年4月3日(火)
常葉菊川高校初優勝!

甲子園、見てましたか?
なかなかのいい試合でした。
どちらが勝っても初優勝なので、けっこう緊張してるのかな・・って思ってたけど、そんなこともなかったみたい。
高校野球ってほんとに素晴らしいと思いました。
それに比べて、プロ野球のほうは相変わらずのダラダラとした試合運びです。
高校生のようにハツラツと、とは言いませんが、もっとスピーディにしてほしいな。
 さて、ヴェネチィアの姫たちはと言うと、来て頂く歓びを身体で表現していますよ。
ハツラツと元気良くあなたをお迎えしますね。
来れば分かるこの悦び!!お待ちしてまーす。

2007年4月2日(月)
地球の自転とラーメン、関係は?

ラーメンを食べていました。
ネギが浮かんでいるので本で読んだ話を思い出して丼を回してみました。

たしかに丼を回しても、中の汁に浮かんでいるいろんなものは私の方に来ずに、その場に居続けるのです。
何でこんなことをしたかというと、「国家の品格」で有名になった藤原正彦の「祖国とは国語」の中に出てきた話なのです。発見をすると「ダイハッケン」と言って子供にも発見を競わせる話の中に出てきたのです。
私も今まで、うどんもラーメンも何度も食べてきたのに、ネギをこちらに引き寄せるために丼を回したとしても、なんの疑問を抱くことなく食べることにしか意識を向けていませんでした。

この話を本で読んで、私も不足気味のイマジネーションを働かせて思いつきました。
地球は自転を続けていて、地球の円周の距離を24時間で回っている。
それにしては雲の動きは遅すぎるのではないのかと。
雲の動きが風で流されているほかに地球の自転の影響を受けないのかです。
4万キロメートルを24時間で割った距離が1時間で雲が動かねばならない距離なはずですから、雲はズ〜と早くすぐ去っていかねばならないはずなのに雲は地球の自転と一緒に動いている。
風にしたって1700k/hの風が吹くはずで今までにありえない暴風が吹くはずなのにそうならない。
なんでーー??
誰か分かるように説明してよ!

丼の具の動きと科学的に共通性はあるのか。
地球に重力があるからというなら、丼にも地球の重力は働いているぞ。
私の場合は???だけが多く残ってスッキリしない後味だけが残るのです。
科学者になれないわけだ。

地球の場合は丼と比較しても駄目なのじゃないか。
地球の場合は、丼より大きなたらいで考えるべきと気づきました。
「箸よく、盤水をまわす」と言います。
地球が箸でたらいの水が雲と考えると、地球の自転が空気層を回しているのかな。
少し進歩したかな?論理的思考と言えるだろうか?

2007年4月1日(日)
魂って?

送迎のときに他のスタッフと「魂は生き続けるか」という話になりました。
私はというと、魂が永遠に存在するならうれしいが、現実的には難しいのではという視点から話したのですが。
彼が言うには、輪廻転生を繰り返し、死んでもまた別の身をまとって生まれる考えのようです。
そうであればうれしいことです。
何度も生きなおすことで人間が深まって練熟度が増せば、社会にとって地球にとって幸運だからです。

私は「認知症になり、ボケて、老化して、衰えて、歳をとれば誰もが昔出来たことを出来なくなる。そうなった魂が存続していくのか、一番良い状態のときの魂が存続するという理屈はおかしいから、死ぬときの状態の魂が存続するとしたら、高齢化する社会にあって誰しも老化し衰えることが避けられないから、魂の未来がないか、魂の存在がないかのいずれかにならざるを得ない」というようなことを話した。
彼は「認知症になったり、ボケたりするのは、その人が前世が悪いことをしたから」だと宗教団体がよく言うようなことをいう。
長生きし、高齢化社会になるほど、前世で悪いことをした人が多くなることになるわけだ。
うーーむ。真実やいかに・・・。

死にゃー分かるってか。そりゃ、そうだ

上に

上に

直線上に配置