店長のつぶやき 2009年平成21年 下へ
下へ
2009年平成21年3月31日(火)
身体も心も、適度な緊張が必要なんでは?

植物が芽を出し茂るように、私たちの身体も活動しているときが一番細胞が活性化しているときだと思う。
細胞が活動しない日々を過ごしていると、細胞は活動する必要がないのだなと老化が始まる。
知恵のある人は自分の細胞に、無理の無い適度な負荷をかけ続けて細胞を活性化して若くしている。

気の持ちようも大事だ。下を向いて、落ち込みながら、不満や愚痴を絶えず言っている人に健康で長命な人はいない。
健康で長生きしたかったら、明るく快活によく笑い、良く動き、すべてを前向きに捉え、楽観的に考え、感謝をしながら過ごすことが必要だろう。

若いときから、愚痴や不満が多く、いつもなにかに腹を立てて過ごしている人は、その状況に適応してなれている。
まわりに公害のように毒素を撒き散らしても気がつかずに自分を変えようとはしない。
このような人が、家族や会社や上司にいたら、周りの人が悲惨なんである。
自分のことだけなら自分で気をつければいいし、自分の結果は自分に責任がある。しかし身近な人のことはタバコの副流煙のように吸う本人より、言葉を浴びる周りの人のほうが影響が大きい。
関係を絶てるものなら、離れれば良いが、影響下に於かれる子供などは吹き込まれる毒素を知らずに浴びてしまう。


与えられた環境をすべて自分の肥やしにできればいいのだが、環境を肥やしにするためには絶えず活動して状況と往復書簡を繰り返し、自分を矯正する必要がある。
差し迫った状況が一番自分を矯正するには最適な環境なのだろうが、楽をしたがり安逸を好む根はどっしりと私の中に腰をすえて動こうとしない。

今日も春の日に眠気を誘われながら、緊張感の無い日を送っている。これでいいのだろうか?

2009年平成21年3月30日(月)
春の芽吹くエネルギーを我が物にしたい

春は芽吹きの季節。
地中から芽を覗かせて今や遅しと外を窺っているのでしょう。
土には草を伸ばすだけの栄養分が含まれているのでしょうか?
その方面はまったく疎いのですが、窒素、燐酸、カリを与えているわけでもないのに、毎年生えてくる。
すごい生命力だといつも驚きます。

種から芽吹く生命力のエネルギーはとても大きくて、俵の玄米を水に浸して置いておくと熱で玄米の中に手を差し込めないほどの熱が出る。
種が、芽を出そうと芽を出すDNAにスイッチが入ったときに料理していただくのが、一番よいエネルギーをもらえて健康によいのだと健康の本などに書いてある。
だから玄米を炊くときに、一晩水につけて玄米が芽を出すDNAスイッチが入ったのを見計らって焚くといいのだ。
だから旬のものを食べたほうがいいし、ハウス物より直接太陽に当たっているほうがよいといわれる。命の勢いがある材料で作ったものをすぐに頂くのが身体にとっていいのだ。
好き嫌い無く、なんでもいただく。私にとって玉にキズは大食らいなことだろう。
腹が減って無くても食べてしまう。
腹が減るまで待って食べたほうがいいと思うし、八分目がいいと思う。
おいしそうな誘惑が多くて、食い意地に勝てそうにないのだ。

2009年平成21年3月28日(土)
店長が居たって、1円もなりゃせんわ!

店長がいても1円の売上も上がりません。
スタッフも売上には貢献できません。
売上は、女性が男性客を吸い付ける力に頼りっぱなしです。
水商売とは、女性が主役で女性優位な職場です。(この頃はボーイズバーなどもありますが)
スタッフも店長も黒子役で、表立った活躍の場などありません。
ホステスの良し悪しが、お客を引きつける力を生み出し、数字の結果が力量を表します。だから自分に投資するお金は、美容院や、化粧品や、衣装代など、OLより大きくなります。
かわいさや、華やかさや、エレガントさ、強さも、資質として大事です。
持って生まれた顔と、資質と、性格とを、貫くものを身にまとい、お客の前で効果的に表現できれば、一人の売れっ子ホステスが生まれます。
給料は魅力と努力の結果。
男性の視線を浴びながら、情に流されず、仕事として振舞う強さがなければ、誘惑も多すぎる仕事。
店は、ホステスさん個人の資質に依存しながら、毎日の営業を継続していく綱渡りの他力本願です。

「どうせ店長は、居ても居なくても一緒よ」

声なき声を背中に感じながら、パソコンに向かって、つぶやきを毎日書き続けている店長なのです。

2009年平成21年3月27日(金)
豊かな自分になりたい!

パソコンを前にして、何を書こう?
何を発信しよう?と思い巡らす。
何も浮かんでこない!

何も見えないところに、焦点をあてまさぐって意味を掴み、文章と言う形にする。
ブログは、すべて自分を表現し、自分を形容すること。
発信するものを探すのだが、本当は受信するアンテナこそが高性能かどうかが肝心なのだ。
見えない中に何かを見て、聞こえないものを聴いて、それを自分の言葉に直していく。
その為には豊かな自分を作りたい。
汲めども尽きない、海のように豊かで、大きく無尽蔵な自分を渇望する。
文章力も、広い知性も、深い人間性も、それら複合的な事象が絡み合って表現される物事があるのだろう。
まだまだつたない文章を書きながら、もっと大きな自分を表現できたらなーと夢想するのだ。

今日もまた一人パソコンの前に座り、自分の中を試行錯誤しながら思いめぐらし書いている。
これは果たして成長に繋がっているのだろうか?

2009年平成21年3月26日(木)
どう思われようが、真心を尽くしましょう

         みやま
あれをみよ  深山の桜咲きにけり
    真心尽くせ  人知らずとも

人に見られるから、誉めそやされるからキレイに咲くのではなく、誰も見ていなくとも、かえりみられる事がなくても、自分の真心をつくして精一杯の自分を表現して欲しいなーと思います。

ヴェネチィアは陽の当たる場所ではありません。
誇って言えない環境であっても、腐らず、落ち込まず、まじめに対して欲しいと思います。

ヴェネチィアに勤めている人への、私の願いです。

2009年平成21年3月25日(水)
犯人は誰だ?

自分の周りで物が無くなる。
(と、言っても書類とかで大したものでは無いんですが)
心は周りに疑いの眼を向けたがる。
「・・・が持ってこなかったんじゃないか?」「最後にいたのは・・・だ。怪しい」「私は確かに入れた、誰か抜き取ったんじゃないか」、疑い深い心は犯人探しを始め、心は周りを疑いの眼で見始める。
心は暗く、疑心暗鬼で、周りをその色に染めていく。
心は捻じ曲がり、人は信用できなく、疑い深さは強まり、性格も暗く、陰湿、協調性に欠け、影を引きずり、素直はお人よしに見える。

性格が暗かったり性格が悪いと言われる人は、その責任は、自分だと思う。
環境もあっただろうが、成人以後はすべてが自分に責任がある。
自分に身に付いたものは、すべて自分が作り出したものだろう。

書類が無くなる、「何で無いんだ」「どこにやったんだ」「誰のせいだ」と自分の中で犯人探しが始まる。
そんな時、誰が一番に怪しいだろう。
「犯人に一番近いのは誰か」
問うてみると、犯人に一番近いのは自分なんである。
書類が無くなったとき、誰のせいでもなく、一番怪しいのは自分だ。
書類だけでなく、何かを忘れる事も、私の身の回りに起こる事で一番の容疑者は私だ。
そう思って犯人探しを始めたい心をいさめるんである。

あなたも、おとなしく自分の罪を認めたほうがいいよ。
すべては自分の責任だ。

2009年平成21年3月24日(火)
マスコミの姿勢はどうあるべきか?
世間の不況風は慣れてくると、「言うほどでもないんじゃないか」と思えてもきます。マスコミが騒ぎすぎるのかもしれません。
マスコミはニュースがないと困るので、なんでもセンセーションに大騒ぎして報道しますが、自分の社のニュースソースに視聴者を釘付けにしたいから、大袈裟な報道がなされるのです。
その結果が視聴者はセンセーショナルなニュースを注目し、次にまたセンセーショナルなニュースが出るとそれに注目して、前のニュースを忘れて次のニュースに夢中になります。
マスコミの姿勢が大衆受けするニュースや視聴率を追いかける結果、政治家の言葉尻のちょっとした発言を大きく取り上げ、その結果今取り上げて議論せねばならない大きな問題を隠してしまう結果になるように思えます。
政治家と金との問題も政治には金がかかるという現実を認識して、どうしたら金がかからない政治が出来るか、献金は個人献金だけに限るようにすればよい。
会社や団体からの献金を規制すればよい。
政治献金の集まらないところに、政治家も集まらないから、クリーンな政治をするには金で動かすようなことを取り締まればよい。
小沢さんが本気で「政治献金は個人献金だけにしよう」と言えば、人気は盛り返すだろう。個人献金にすることが尻つぼみになれば「やはり本音はそれか」となって、人心は離れて行くだろう。

将来的にはネットでの選挙運動や投票になっていくだろうから、ポスター作りも投票用紙もマニフェストもすべてデジタル媒体に変って金など掛かり様がなくなるはずだ。選挙事務所で酒を振舞うなども過去のものになる。
ネット投票になれば、誰々に入れてくれのような濃厚な人間関係を使って投票を依頼することも無駄になる。例えば、建設会社の社長が公共事業をくれる政党を応援したいと思って、従業員に自民党への投票を依頼しても、ネットでの集計なら誰がどこに入れたかは分からないだろう。
早くそうなることを願っている。
政党の都合や、政治家の意向が優先するので無く、有権者や消費者の一般国民の声が優先される社会が一番だ。政治家は国民の方に向かないといけないし、国民への説明で、嘘やおもねりは見破れる力をいまや国民は持っている。
マスコミ人は報道の大切さを認識して、偏らない媚びへつらわない姿勢で報道して欲しいものだ。大衆におもねることがないようにすることも大事だ。
民放は報道陣に広告主の意向の圧力をかけないで、報道する人が何でも言えるように報道の自由を保証せねばならない。
2009年平成21年3月20日(金)
鳩がいて平和じゃない

店の屋根に鳩が3匹もいました。
鳩の糞公害で、なんとかしたいなーと思うんですが、良い対策がありません。
テグスを張り巡らしたところには来ません。
しかし屋根や隣のひさしにいて白い糞を下に落としてきます。
テグスを張る前は、店の出っ張りの屋根は糞がうず高く山になっていました。
鳩の糞を洗い流すのに大変な労力を要しました。
見ている分には平和の象徴でかわいいのですが、鳩の糞で周りが汚くなると途端に憎くなるんだから、人間ができていません。
これも四苦八苦の怨憎会苦(おんぞうえく)に当たるのでしょうか?
鳩との仲を平和的に解決したいが、追い出すしかないんでしょう。
鳩がもっといい所を見つけて、引越ししてくれたらいいのですが、居続けるには居心地がいいんでしょう。
「クックー」と鳴いていますが、私には「苦っ苦ー」と聞こえます。
とても「菩薩」にはなれそうにありませんね。
鳩の糞に「忙殺」されている状態です。

2009年平成21年3月20日(金)
AIGのボーナス問題・・・なんで払うんだ?

アメリカのAIGが、幹部に政府からの金融支援から巨額のボーナスを払ったことでアメリカは大騒ぎになっている。
経営危機に陥ったAIGの経営責任のある幹部がボーナスなどもらえるはずも無く、責任を問われるのが当然なのになんなのだろう。
AIGのCEOの首をすげ替えるのは、公的資金注入の条件とすべきだ。
私も日本のAIGに火災保険を契約しているので、同じ名前だし関係なくもない。ネットで見積もりを取ったら、一番安い見積もりを提示してきたので以前契約したのだった。
AIGも金融証券に大きなレバレッジで資金を預けていたのだろう。レバレッジが大きいほどこけた時は大きな資金を持っていかれる。
トリプルAを付けられていた金融商品がまさか駄目になるとは誰も想像もしていなかったことだから、担当者も可愛そうなものである。
本業をおろそかにした経営者は、表舞台から降りてもらうのが本筋だろう。
日本のバブル崩壊でも多くの経営者が夜逃げをしたり、自殺したりしている。アメリカの地獄もまだまだ続くはずだ。
対岸の火事だが、心したいものだ。
欲の皮が突っ張ると、うまくいっているときほど自己肥大が起きて、自分に過剰に自信ができて判断が正しいと思って、周りの声を聞こうとしなくなるそうである。
何事も謙虚に石橋を叩いて渡る心積もりが、安全でいいだろう。周りからは無能に見られるかも知れないが、会社を潰すことは避けられるのだから、絶頂期とみえる時ほど必要な資質と言えるかも知れない。


私はいつも謙虚に石橋を叩いても渡らない方だが、危機管理に長けているのか、それとも無能なのか。
その先は聞かないでおこう。

2009年平成21年3月17日(火)
休みなくやるコツって

若いときは、休み無くやり続ける事などできずに、一つやったら遊び、一つやったら息抜きや休憩をしていた。
休憩時間の方が長い状態で、なかなか次に取り掛かれないのはいつもだった。
それが今では物事を連続してやっている。

目的や目標や夢があったら、熱くなってわき目もふらずに突進できるだろうが、私は大目標などなく、その時その時の目の前のことをやってきて今に至っている。
若いときに大きすぎるほどの目標を掲げて、とても届かないと分かっているようなことに情熱を傾けられたら、今と違う人生を送っているだろうにと思う。後悔は先に立たずで過去を替えられないから、今の目の前の事、興味あることに力を注ぐようにしている。
同じことをずっとやっていると飽きて嫌になるので、仕事をやっていても次から次と別のことをやっているから、続けてやれるのだと思う。
これが例えば毎日パソコンに向かってプログラムの開発をやる仕事だったら、言語やプログラムが分かったとしても、私にはできないと思う。

読書の時もそうだが、同じ本を読了するまで読み続けるのは、疲れて興味も失ってできない。
しかし、疲れたら別の本を読んで、また疲れたら違う本を読んでをくり返すと長い時間を本を読むことに費やすことができる。
それと同じことを仕事の時もやるようにしている。

禁酒したのも動機は、休みなく継続して自己研鑽するのに、飲酒の時間が大きな障害になっていると思えたからだ。
飲んでしまうと本を読むことさえ出来なくなって、寝るだけになる。
酒を止められたら、時間の多くを自分を高めることに使えるのでないかと思えたのが禁酒する動機だった。
「新聞記者で本を書く人は、晩酌をしない」という言葉を本に見つけて晩酌を止めようと思った。
そして時間の全てをAタイム、つまり仕事や自分を高める為の時間に使いたいと思った。
無駄な時間としては、テレビが大きい。ドラマとお笑いは見ないようにしている。

ヴェネチィアで過ごす時間は無駄じゃありませんよ。
自己を解放し自分を取り戻す神聖な時間です。

2009年平成21年3月16日(月)
月曜日の気分はどうです

なんか月曜日は曜日の内で一番元気が無い日のような気がします。
気のせいなのかも知れませんが、そう感じてしまうんです。
曜日ごとに気分の上下が必ずあると思います。
季節にも気分の上下があります。
春の今頃はウキウキした気分もあれば、花粉症の人は嫌な季節がきたと身体が嫌だというイメージが植えつけられているでしょう。
気象病や季節病もあって、五月病の五月は精神病院の入院患者が増えると言われる。
リュウマチ・神経痛、頭痛は気象病。
春は花粉症・五月病、夏は腸チフス・赤痢、秋は気管支ゼンソク・食中毒、冬はインフルエンザ・脳卒中・心臓病と季節や気象と病気の関係は深い。
今から5月くらいまでは季節の変わり目で人間の身体も変調をきたす時期だから、冬モードから春モードに身体が慣れるまでしばらく気をつけて、身体が発するシグナルを感じるようにしてストレスを流せるようにしたい。
私たちは「考える葦」である前に、細胞の集合体としての身体を持っている。
身体は動く事で、気の流れも、リンパ液の流れも正常に保たれる。
身体が気象や季節の影響を受けるだけでなく、身体を動かし身体の機能を保つ事で外的影響を小さくできる。
身体を動かしていると、さっきまで億劫で面倒だった気分が、快活で楽しい気分になるのを感じる。
身体を動かす爽快感を知っている人だけが、運動に対して前向きに取り組むようになるのでないだろうか。
血液は心臓が送り出して身体を巡っているが、リンパ液は身体を動かす筋肉の働きで動くのだ。身体を動かさないとリンパ液は動きようが無い。
身体を動かさない人は、リンパが滞って腫れぼったい顔をして、「今日は顔がむくんで」と言っている。
むくみがちの人はどんどん体を動かしたほうがいいことを知らないのだろう。

2009年平成21年3月15日(日)
タイヤ交換をしました

やっと1台の車をタイヤ交換を出来ました。
天気が良かったからタイヤ交換も楽でした。
いつもパソコンにばかり向かっているから、たまに作業の仕事をすると大変ですが新鮮です。しかし身体には負担がかかって同じ筋肉を使うためか腰の辺りが物憂いです。
スタッフがタイヤ交換をやりたがらずにスタンドに頼ろうとするのは、この辺に理由があるのでしょう。
車のハンドルばかりを握って、車の事情を全く知らずに過ごしているから、空気圧が極端に減ったタイヤを発見して怖いなと思いました。
命を乗せて走っているが、走行前点検など365日中一度もやったことなどないし、タイヤの減りもあまり気にせずに命知らずに走っている。
タイヤ交換は、それらの自分が見落としていたことに気づかせてくれる機会になっています。
作業をやって向き合ってみて見えてくるものもあるので、やるべきだが、一人で何でもかんでもできるわけが無いし、他の人に任せて私に伝わらない情報もあるだろうし、どうしても他人に任せた作業で自分の命を乗せて走ることになることが現代社会は多い。
だいぶ以前のことだが、車検が終った車で走っていて、4本のタイヤのうちの1本がナットを手で軽く締めただけで、締め付けを忘れていたタイヤで走っていて、タイヤがグラグラに回ってるぞと他の車に教えられた。
後からアルバイトにタイヤの締め付けの作業を手伝わせていたために起こったということを聞いた。
オイルを入れ忘れてオイルを抜いただけで渡されて、エンジンがオーバーヒートした事もあった。
それら整備の不備が原因で事故につながったらどう責任を取れるんだろう。
作業を任せるには信頼の於ける人でなければ、任せたくない。
しかし現代は、誰が整備したか分からない車に当たり前に乗って、危険性を認識することから遠ざかっている。
私は誰かの不注意で死んだりするのはゴメンこうむりたいのだが、どこに他人の不注意が潜んでいるか分からない。
分からないから済んでいることっていっぱいあるんだろうな。

2009年平成21年3月14日(土)
開かない天窓ってある?

車で走っていると、風を切る音があまりに強くて、どこか窓が開いているんじゃないかと思って、乗用車の天窓が開いているんじゃないかと説明書を読んで天窓を開けようと試みたのですが開きません。
説明書に天窓の開け方が載っていません。
中古で買った車で、いままで天窓など操作した事がなくて開くのか開かないのかも知らずに乗っていたとは、私も把握していないなーと反省!
車のことを知らずに、ただ走っていることをいさめているのに自分も同じだったとは、しかし天窓がメクラのガラスだけでスライドしないなんてあるんでしょうか?
装置があって説明書に載っていないのもおかしな話です。

釈然としないままに、解明されずに、分からないままに、終ることは、どんなことでも嫌なものです。
自分の中で納得できることが、大事なんです。
小さなことでも解明され、成功体験が積みあがっていく事で、経験が重層を織り成して自分を形作っていくから、小さなことでも明確で無く終る事は嫌なものです。
答えのない問題のようなものです。
人は常に解を求めて向き合っている存在だと思った。

しかし、この世は意味など無くて、存在の認識も自分の認識の不確かさを思えば、確かなものなど何も無い事に気づく。
うたかたの春の日に、全ては無に帰す存在として存在している事を思って、やるせなさにため息をつく。
全てはうたかたの夢なのだ。
懸命に生きても、いい加減に生きても、生きる事は同じ。ゆっくりと道草を楽しみながら行こうと思うが、いつもバタバタと追われるように時間を使い歳を重ねていく。
私の生きてきた過程が肯定も否定もされず、どうせ混沌のカオスの中に溶け込むとしたら、それは大いなる救いなんじゃないだろうか?
誰もが累積した過去の、そむけたい悔恨の中を通ってきているだろうから、消し去れるものならリセットをして再度生き直したい今を引きずって生きているのでないか。などと取り止めなく考えながら、今を生きているのだ。

2009年平成21年3月13日(金)
連休はどうなるんだろう?

5月の連休は高速道路が1000円で、本当にどこまでも走れるようになるんでしょうか?もしそうなったら連休はごった返すでしょうね。
私は込み合うところは好きじゃないので、特に渋滞はげんなりします。
「なぜ知らない車の後姿を見ながら、道路上で停まっていないと駄目なんだ」と思ってしまうほうで、高速料金を浮かして楽しもうという思いより、膨大な時間の無駄遣いだという思いの方が強くなるのです。
政府が目論むような経済効果が発揮されればいいんですが、官僚や経済学者が考えるように庶民は動くのでしょうか?
一人一人が政府が推奨する行動を取る事は善だが、全員が推奨行動を取り始めると悪に変ることが多いので、政府の目論みは後からの批判に変らなければよいがと思っている。
高速道路を1000円にしたときの、経済効果を経済学者はどのように計算したのか窺いたいものだ。
ETMがバカ売れしていることだろう。
私も、今はどんなETMがあるのか調べようと思って、ネットで検索したりしているのだ。
それと言うのも、我が家のマイカーにもETMを付けようという話になっているからなのだ。
我輩は、何とか連休でのごった返した道路を運転させられる苦行から解放されて、ビール片手に助手席でナビゲートする係りならいくらでも付き合いますよと言うところが本音なんである。
連休は日本国中が日本民族大移動と称して、狭い国土を徘徊する慣わしだから、また日本の疲れるイベントの時期が近づいてきたぞ。

パソコンから離れて、他のものに眼を向けろという上からのお達しかも知れない。

2009年平成21年3月11日(水)
清涼飲料水をまた買ってしまった

来る途中のコンビ二で、いつものように菓子パンと清涼飲料水を買った。
身体に悪いと分かっていながら、買っている。
清涼飲料水には2~300グラムの砂糖が入っている。
店で6グラムの砂糖のステックも使わないようにしているのに、6グラムの砂糖ステックの50倍も入っているペットボトルの清涼飲料水を買うとは、我ながら意思が弱いと思う。
菓子パンにも原料の半分近くも砂糖を入れる。
白く精製した上白糖は、身体の中からカルシュームを奪い、歯や骨をもろくする。
ペットボトルには他にも着色料、香料、保存料などいろんなものが入っていて、単品での動物実験でしかデータが取られないままに許可されている。
多くの病気の原因になっていると言われているのを知っていて買っている。
健康マニアの私からしてこれだから、後は推して知るべしだろう。

日本の今も将来も、お金を病院に運ぶ人で忙しい事だろう。
私もこのままでは、同じようになるぞ。くわばら、くわばら。反省と決意を込めてこれを書こう。

2009年平成21年3月11日(水)
政治家は日本のためにやっている?

政界は小沢党首の献金問題に揺れている。
私はもっと日本の根本的な問題を論議して欲しいのだ。
日本の経済を、政治がどう舵取りしていくのか、経済活性化の為に政治が取りえる方策は何があるかを議論を尽くして欲しい。
日本の政治家は、アメリカや中国に顔を向けていて、日本の政治がやってきた政策は日本経済にブレーキをかけるだけのことしかやっていないのでないかと疑念が走る。政変の時期が近づいている。
自民党や民主党は日本をどう導こうとしているのか、まったく国会論議を聞いていても見えてこない。
日本の経済にブレーキをかけている規制をはずす為に、今までもうけた規制を俎上に載せて、必要かどうかを審議して、必要と認められないものはドンドンと撤廃をしてみればいい。
どの政党にしろ、本来は日本の将来の為にこうすべきだと政策で争っているものだろう。
日本の国として、何で食っていくべきか。以前は技術立国と言われていたが、同じ路線を走っていくだけで良いのか。将来は知価社会と言われながら、ゆとり教育を戻しただけで、教育の大転換もない。
政治が主導して、国民の大きなうねりを誘導して、日本や世界の為に献身する若者を世に送り出してもらいたいのだ。日本の将来に斜陽を感じるから、このままでは駄目だとの思いが強い。


しかし、かく言う私も子供達に日本や世界のためなれとは言っていなく、自分が楽しく生きていければそれでいいと思っているのだから、自己欺瞞だな。

2009年平成21年3月10日(火)
お金の犯罪は罰金を多くするべし

民主党の小沢さんの金庫番が逮捕されて、時期が選挙前だから自民党の謀略だと民主党でなくても思ったが、自民党の議員も同じ建設会社から金を貰っていたのが発覚して、自民党にも火がついている。
検察は政治と金の癒着に対して、徹底的に追求して欲しいものだ。
それと諸外国の例でいくと、金にまつわる犯罪の罰金には、例えば脱税で有罪になると諸外国では倍の罰金を科せられるので、怖くて金をチョロマカスことなどできないと言われている。
日本はまだまだ甘いと言われている。
日本の脱税では、脱税した分を重加算税で全て持っていかれるから、充分に重いと思うのだが、海外は数倍の罰金を科せられるようだ。
特に公人として国民の指導的立場の人は、有罪になったら選挙に立てなくするのと、罰金をもっと重くすれば良い。
それと選挙に金がかからないようにすることと、インターネットでの政治活動は制限を設けないほうがよい。
ネガティブキャンペーンで首を引っ込めてしまう政治家でなく、堂々と主張し演説会で全国を遊説して歩く政治家や、ユーチューブに演説の動画を載せる政治家が出ることを希望している。

2009年平成21年3月5日(木)
不動産、今が買い時か?

車で走っていると、空き店舗や売り家が目立ちます。北陸の不動産価格は、ドンドンと低下している報道です。
長い間売り家の表示がかかったままで、今でもまだ売れそうな感じがない建物が多いです。
8号線沿いで場所としては1等地なのに、長い間売れていな物件が多い、それほどに北陸の景気はなべ底なのか、きりもみ状態なのかでしょう。
社会全体が沈滞ムードで、会社は受注無く仕事無く、あきらめムードで人員整理したり給料カットしたりでしのいで、景気が回復するのを待つ模様眺めの感じです。
考えてみればバブルの頃は不動産の価格は跳ね上がり、大した土地でなくても土地を抵当にすると、すぐに銀行はお金を貸してくれていました。
私も銀行に毎日のように行っていたから、家のローンを組んだときに返済もしているから、あるとき○○千万までは貸しますよと言われた事を覚えています。
もし借りていたら、バブルがはじけた時に貸しはがしを受けて、困っていたんじゃないかとゾ~とします。
あの頃は株で儲けた金で、外車を買ったり浪費にパッパと使ったりしていました。ある種、高揚した気分が蔓延していた時代だったと思います。
もちろん他の人の話で、私は外車を買うほどに株で儲かってもいなかったし、結局最後は一番の高値掴みで、その株は塩漬けしたまま現在も保有しています。
高い授業料でした。

バブルの頃は、土地は高すぎてとても手が出るものではありませんでした、しかし今は底値です。今土地を買って、バブルの時のように高揚擬似気分を味わえないものかと夢想します。一番に土地の安い今、土地を買って、「どうだ、すごいだろう」と気分だけでも大金持ちの気分で遊んでみるなんてどうだろう。
土地は底値でこれ以上下がっても、下がりすぎるほどに下がっているから下げ圧力も少なくて安全な買い物だと思います。
ただ将来が見えなくて予測できないから、誰もが現金で持っていたほうが融通が効くからいいと思っていて、株も土地も動かないのだろう。
土地を買っても活用する当てがないと、遊ばせておくほどにお金に余裕があるわけじゃなし、商売するのに土地を使う商売は低迷しているから値上げ反転しないのかも知れません。ネット上の店舗で売れる時代だから土地を買って店を開く時代じゃないからね。

自動車会社は車が売れずに、昔は大きな車を持つ事がステータスだったけれど、今は大きな車に乗ったって温暖化やCo2を言われるから、逆に反感を感じる人もいるからと
バブルの時の高揚感を知っているんだから、気分だけでも高揚感を味わうことを考えています。


お金が遊んでいる人は、買えるものなら広い農地を買って持っておいた方がいいんだがと思います。
農地法の制限がなければ買って、いざという時に食料が輸入されなくなっても最低限の自給自足をまかなえるようにするのが危機管理上は必要でしょう。
しかし土地を買うお金はバカ高いし、見えない将来の安全の為になけなしのお金を現実には使えません。

もっと確実に、先を見通せる力量があったらなーと思います。土地に投資するのはもう過去の時代の遺物なんでしょうか?そう言えばアメリカの金融バブルの崩壊も、土地がらみだからなー。結局は人間の欲望の織り成す技、土地は将来、人口爆発の食糧高騰から身を守るためになるから、今持った方がよいと思うのだが・・・。
農業の、のの字も知らない私が農地を買ったってどうなるものでもないのだが・・
私の未来を予測するアンテナは機能しているだろうか?

上に

上に

直線上に配置