店長のつぶやき 2009年平成21年 下へ
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2009年4月30日(木)
たった2%の死亡率だよ、大丈夫!!

小春日和のとっても暖かな最高の日です。
先に心配の種が何も無かったら、とっても平和でいい日です。

しかし、ニュースで豚インフルエンザの事を聞かない日はありません。
10カ国に広がって豚インフルエンザに感染している人が見つかりました。
メキシコからの帰国者だけだったのが、スペインではメキシコに渡航暦が無い人が感染しました。
感染爆発は時間の問題でしょう。
ただ毒性は鳥インフルエンザに比べてだいぶ弱いようです。
日本が島国であることに、このときばかりは感謝します。
空港や港だけを、重点的に厳しすぎるほどに抑えればなんとか入れないように出来ますからね。

もし感染爆発が起こっても、死亡するのは2%ほどですから、100人中98人は助かるから、あまり心配しなくてもいいでしょう。
それでも200万人ほどが死にますから大騒ぎでしょうが、%で見れば少ない数字です。
特に若い人が細胞分裂が早いから早く死ぬので、若い人ほど注意が必要です。

パニックになって品薄になる備品だけを用意しておこうと思います。
まずは数日分のマスクだけは用意しないと、日本に感染者がでたらすぐに売り切れになってしまいます。公式サイトを読むと、飛まつ感染だから普通のマスクでも大丈夫とありました。
だから基本的にすべて普通の品物ですから、慌てなくても大丈夫です。

2009年4月29日(水)
あれ、なんだっけ??

スタッフが何かを言おうとして、「・・・・何を言おうとしたか忘れた??」
思わず大笑いしたんだが、笑い事じゃないんである。
私もよく「あれ!」という事がある。
何かを考えていて、べつのことを着想すると今まで考えていた事を忘れる。
だから、何かを考えている時、誰かが話しかけてくると、もう今まで考えていた事はどこかに飛んでいってしまう。
自分の頭の中がとても頼りなく思えるとき、原因を他に求める事もよくする。
私の場合でいうとアルコールの影響じゃないかとアルコールを止めてみた。
栄養素を原因に求めるときもある。ビタミンBが足りないんじゃないかとか考えて飲んでみるんである。
老化現象などと、自分に納得させたくないんである。
記憶術の本も読んだ。ペグ法は手帳に印字して憶えないといけないと思っている。ペグ法は数字を覚えるときに使う。1はワイシャツとか決めた意味で数字の羅列に物語を作って覚えるんである。
イメージ記憶がメチャ弱いんである。言葉と言葉をイメージで結び付けるんだが、どんなイメージで結びつけたらいいのかまったく湧いてこない。
記憶力のいい人は、絵で記憶しているらしいのだが、私は絵がなかなか浮かんでこない。
ビジュアルに対応してないらしい。
記憶力が悪いので無く、頭で想像力を使ってビジュアルな絵を浮かべ結びつけることができないのだ。
だから暗記物は頭に入っていかない。
この頃よく、「あれ、あれなんだっけ」と分かっているものの名詞が出て来ない。
じれったさと自信を喪失させるのだ。

脳に血液と酸素を供給して、血の巡りをよくする為に適度な運動を心がけている。
アルコールも、脳の血の巡りを良くするような気がするんだが、違うんだろうか?

2009年4月28日(火)
豚インフルエンザは謀略では?

豚インフルエンザがWHOでステージ4に指定された。
豚インフルエンザによる死者数がメキシコで152人となった。
収束するのか心配だ。

N95用マスクを注文したが、注文が多すぎて在庫では間に合わず、今からアメリカから取り寄せる便になるという。つまりはいつ入るか分からないという事だ。世界中から注文が殺到しているだろうから、いたし方ないだろう。

メキシコやアメリカからのマスクの注文を、日本からの注文よりも優先させるのは当然だし、その方が日本にもメリットが大きい。
私なぞは、「用心の為に一つカバンに入れておこう」くらいの感覚なのである。
メキシコでは外に出歩く人はマスク着用の状態だ。
パニックの状態で、まともな経済活動は出来ないだろう。
旅行者は引き上げる。旅行入国者は取りやめる。
メキシコは今や経済破綻状態だ。

オバマ大統領も4月中旬にメキシコを訪問している。
その時の案内役の人が、豚インフルエンザで死亡しているのだ。
オバマ大統領も、豚インフルエンザに感染している疑いがあると世界にニュースで流れた。アメリカの株価も大幅に下がった。

金融バブルの建て直しの経済政策も、豚インフルエンザで豚挫(とんざ)した。CIAに米元大統領ブッシュが拷問を容認したことをオバマ大統領がリークしたことで、民主党やCIA筋がメキシコに豚インフルエンザの菌を撒き、共和党やオバマ大統領の足を引っぱる目的なのではないかと勘ぐってしまう。
豚インフルエンザが豚舎から離れたところで一斉に広がったように思ったからだ。謀略機関なら、これらのことは簡単に出来るはずだ。
アメリカの今までが、政治的にも経済的にも、すべて謀略を手段に使っているのは、30年経ったときの情報開示が示している。

2009年4月27日(月)
インフルエンザ用マスクを注文した

メキシコでは豚インフルエンザが大流行して、死者100人を超えたらしいです。
まだまだ拡大するでしょう。
豚がかかるインフルエンザは人間にも感染するので、もうすでに人間から人間への感染段階に入ったと私は見ています。
いよいよ来るべきものが来たという感じです。
世界中に広まるのは時間の問題です。
経済活動も全てストップするでしょう。

私は昨日ネットでマスクを注文しました。
N95というアメリカ製で3ミクロンの微細なものを95%も通さない規格で、病院従事者が使うマスクです。そのマスクを注文している途中に、そのページが新しく書き換わっていました。売れるタイミングに合わせて、サイトがどんどん増殖していくのを目の当たりにしました。
今日見たらアマゾンでもいくらでもある。
買い急ぎすぎたかも知れない。品薄になって手に入らないかも知れないと焦ったのだ。
ネットの凄さです。1日で検索のページ数が倍ほどになっている気がする。

ニュースが、駆け抜ければ駆け巡るほどにマスクが売れるんでしょう。
世界中から、ウイルスも通さないマスクを求めて注文が殺到する事でしょう。
世界的規模でマスクが売れているから、N90のマスクを売っているアメリカの会社の株は高騰しているでしょう。
タミフルの会社やマスクを作っている会社が菌をばら撒いているんじゃないかと勘ぐってしまいます。

人間とウイルスの戦いの火蓋が切って落とされました。
見えない敵を相手に戦わなければなりません。
人間が勝つか、ウイルスが勝って人間が死に絶えるか。
壮絶なるサバイバル。
準備を怠ったものはウイルスに感染するか、食料が尽きて高騰している食料を求めて感染の危険を冒してスーパーに買出しに行って感染するか。
ライフラインに従事する社員は、マスクにゴーグルで決死隊のように仕事に従事し、朝に家を出るときは家族と水盃を酌み交わし、普通の会社はどこも製品が売れないので休業状態。

どうするか?
簡単です。2ヶ月間生活できるものを買い込んで、いつでも引きこもりできるようにしておけばいいだけです。
2ヶ月間自宅で篭城するしか生き残るすべはありません。貯金の全く無い人は会社の休業状態から、収入もなく飢え死にか、野垂れ死に。

2,3ヵ月後には沈静化するはずです。
世界の人口が半分になったら、人口爆発が沈静化して地球温暖化にも良い影響を与えるでしょう。人口爆発を懸念して、神がウイルスをばら撒いたのかも知れませんよ。
人類がすべて死に絶えたら、儲けようと菌をばら撒く人間を、後世に誕生した知的生命体は笑う事でしょう。

この世で思いを残さないために、今の内にヴェネチィアに行こう。

2009年4月25日(土)
温暖化防止か、経済活動か

雨が降って肌寒い日で、どうしようかと悩みながらストーブ用の灯油を買いました。
夜に帰ったときに、電気ストーブではすぐに温まらなくて風邪を引きそうで・・・
ちょっと位の寒さは我慢すればいいのに、どうせ12月まで灯油を眠らせることになるんじゃないかと思うんです。

桜も散ったというのに、まだストーブかよ、の声が聞こえてきそうです。
昔の人は、寒い中を背筋を伸ばしてシャンとしながら、「涼しかるべし・・・」と風の吹きぬける日本家屋で火鉢一つの暖をとりながら真冬を過ごしていました。
今の日本人は私も含めて軟弱になったと、鼻炎の鼻水をかみながら思います。
ストーブのスイッチのところに、紙を貼っておいて、書いておいたらどうでしょう。
「地球温暖化を促進するか、Co2を削減して地球を守るか」
読んだら、ストーブのスイッチを入れるのをためらう様でないと地球市民と言えません。

灯油を買って、経済効果に貢献するか、灯油を買わずに地球温暖化Co2削減に貢献するかの2者択一もあるぞ。いろいろ考えていると行動できないのだ。

エゴで自己チューの勝手主義が繁殖した日本社会を憂いながら、練れてない自身の人間性を反省せずに他を攻撃したくなる心と向き合いつつ、色々と考えます。

Co2を削減し地球温暖化しないためには、人間の経済活動を止めればいいのだ。次のゴールデンウィークで、誰も車で出かけなければCo2は排出されない。
結局、人間社会を縮小して村社会に戻るしか、人間が生き残る道がないような気がする。資本主義の次に来る社会はどんなかなー。
アメリカ型社会ではこの先やっていけないことだけは確かだ。やっぱりモッタイナイでいくのかな?!
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2009年4月24日(金)

3つの真実

3つの真実」という本を読んだ。
成功哲学を物語風にした本で、「夢をかなえるゾウ」のようです。
「3つの真実」もブレィクしそうです。
「夢をかなえるゾウ」と違うのは、「3つの真実」が成功哲学で成功した主人公が失敗するところから、物語が始まります。
・・ゾウよりも、もっと薄くて読みやすいです。
私なぞはポジテブにだけ考えられなくて、成功哲学の行け行けドンドンのような勢いに乗り切れないから、「3つの真実」の方がそうだそうだとうなずけました。
多くの人に読んで欲しい本です。

2009年4月22日(水)
日本もアメリカも没落か?

アメリカのドルが基軸通貨でなくなり、紙くずのように価値が低下し、日本も没落し、中国が台頭してくるというシナリオを発表している本がある。
たしかに中国は世界の工場のようになっているが、それは人件費が安いから世界中から安い人件費を求めて中国に行っている。
中国は、社会主義国という不安要素があって、国家元首の意向で大きく政策が違ってくる恐れがある。
土地などの個人資産を認めない社会主義国であっても、指導者が選挙で公平に民主的に選ばれる国であるなら、なにも心配などしない。
指導者の力が強ければ強いほど、天安門事件のようなことが起こりえる。
アメリカの指導者の力も強いが、アメリカは選挙が民主的でガラス張りだ。
今の中国を世界の各国がリーダーとは受け入れないだろう。
もし世界の指導者として中国がなるとしたら、軍事力によって圧力をかけた結果でのことだろう。
日本は世界から指導力は軽く見られているが、世界で一番平和に貢献している国と思われていることもある。
財政赤字を伴っての平和貢献だが、財政赤字を国民負担で解消するとしたら、日本が没落するのは間違いないから、将来の没落は一面真実と言える。
ただ世界政治は全体の関係性で決まるから、ODAで援助するのも平和の代償として分からなくもないが、政府が国民から借金して、他国にいい格好をするのは、それでいいのかと言ったら、やはりおかしい。

ODAのお金を日本の国力にまわして、豊かになった国が他国を貿易でひき付けて貢献する方が理に適っていると思うのだ。
日本が年々貧乏になりながら、周りに援助する姿は絶対におかしいと思う。
アメリカの謀略に乗せられてしまっていると勘ぐられてもおかしくはない。

2009年4月21日(火)
いつまでも、少年の心で

今日の石川の気温はとても高くて、九州や四国よりも高かったんです。
黒い雨雲が夕立のような雨を降らせ、風も吹いてきました。
下から見上げる厚い雲も、天気予報の気象衛星から見る雲はすじ雲です。
雲は人間の都合などお構いなしに、雲の都合で動いています。
人間は仰ぎ見ることしかできません。
雲から見たら、芥子粒ほどの人間が何ほどのものかという感じでしょう。
昨日は中国上空で眺めていた景色を、今日は日本の上から眺めている。
飛行機も使わずにいつも世界旅行です。
気に入った地域があれば、雨となって下界にやってきます。
地上を旅した後は、海からまた空にと帰って行きます。
雲や雨に感情や意思があったら、それらになれたら楽しいかも知れません。
人間は想像力を広げて、何にでもなりきって、雲にも動物にも何にでもなれます。想像力豊かでたちまちに何にでもなれる人間は空想の中に一人遊びもできます。現実的な大人は、生活に追われ、金に使われて、自分を無くし、日々に消耗していきます。
想像や空想の中に自由に入っていける人でいたいと思います。

私は子供が読む本もよく読むんです。
図書館で児童とラベルがある本です。
私の「少年」の心が読ませるんです。
これ、ホント?!

2009年4月20日(月)
直接繋がる社会に、日本的なものはどうなる?

個人がいて、家庭が合って、会社があって、地域があって、国があって、世界がある。
個人から少しずつ広がっていくほどに大きな範囲で括られる。
しかし、現代は個人と国や世界が直結していて、インターネットで世界の情報が直ぐにもたらされる。
そうなると、途中の家庭や会社や地域が今まで担っていた役割が、変質しているのが現代の状況なのではないかと思う。
それを考えずに昔と比較して、今の家庭や会社や地域を云々しても始まらないと思うのだ。
直接に情報が個人に届く関係だから、個人から発信する場合も中間点を経ないで求める人が見れる。
だから、これからの社会は個人の情報発信力の差が、力の差になるかも知れない。
ホームページやブログは、今は慣れた人だけが出来るが、近未来は誰でもが自分の考えや趣味を発表する場になるから、こだわりがあったり、伝えたいものがある人ほど発信源と成りうる。
多様性で百花繚乱に発信された情報が、何処に収束していくのでしょうか。
だんだんと、国という概念の枠組みまでもが怪しくなっていくのかも知れません。
情報が世界に渦巻く時、文化や宗教がどのように影響を受け変質していくものなのか。
私は日本文化の核となる良い部分は是非とも残したいと思いながら、日本文化らしいものは何一つとして自分の周りに無い事に唖然とするほどだ。
私の中から日本文化的なものが抜け落ちた状態が今の私だろうか?私にある日本的なものと言ったら、箸とゲタと甚兵衛しかない。
お茶も、和服も、能も、尺八も、太鼓も、三味線も、俳句も、日本的なものは何もできない。
まるで無国籍ではないか。

日本男子の証明にフンドシでもしようか?

2009年4月19日(日)
道が混んでいたから、店も混むかな?

今日は8号線が混み合っていました。
天気はいいし、春の陽射しは暖かいし、家に籠もっていられずに、一斉に車に乗ってお出かけになった為と解釈しました。

アメリカの金融バブルがはじけ、世界不況が云いされる時に、縮こまった財布の紐は、頑なに将来の不安を見据えて防衛の為に閉ざされました。
しかし3ヶ月もすると、普段の生活パターンが復活し、染み付いた生活習慣が戻ってきました。忘れたわけではないのですが、過去の出来事に織り込まれていって、平準化した生活が戻ってきました。
庶民の生活の、衣食住から始まる衣食までは復活も早いでしょう。
それでも物作りの会社や、輸出関連や、家や車のような高いものを扱う建設会社や車販売会社は、厳しい状態が続いています。

ヴェネチィアも、生活にどうしても無くてはならないというものを扱っているわけでないので、一番に今は我慢しようかと考えられてしまうので、社会の気分が反映しやすい面があります。

しかしある面では、今付いているお客さんがまた来たくなるようにすれば、お客さんを維持できるはずです。
云ってみれば、今日の自分の振る舞いが明日の自分の生活を潤いあるものにするか、逼迫したものになるかに繋がるといえます。
全てが繋がらないものはなくて、私たちの生活が世界と繋がっているように、私たちの行動が世界をも動かしているのだという自覚を持って、自立した生活を営めたらいいと思います。
目の前のお客さんの心を自分に引き寄せることが、顧客満足にも、自分の生活安定にも、経済活動促進にも繋がる事を心に銘記して、今日も仕事に励んでいますよ。

2009年4月18日(土)
どんな生き方をしようとするか?

誰もが5,60年後はこの世にいないことが分かっているのに、いつもあくせくと1日を過ごしている。早いか遅いかの違いで行き先は同じ。
善人も悪人も分け隔て無く、あの世が無ければ全てゼロになる。
だから刹那主義になって、楽しい事ばかりを求めて努力や根性ははやらないのが現代社会なのだと理解する事もできる。
私はこの世にいる間は、自分が成長していられるようにと思っている。
全てがゼロになり、歴史の闇に閉ざされるものだとしても、少しでも知識を広げ、精神レベルを上げ、体を鍛えたいと思う。
ゼロになるまでの、自分の軌跡の範囲が広ければいいのではないかと考えている。
社会で成功したとか、失敗したとかは二の次で、振幅いっぱいに生きたいと思いながら、それでいながら奥手なのだ。
奥手だからこそ、頭の中ではあらゆる可能性をシュミレーションしているのかも知れない。泳ぐ前に、うまい人のビデオを見てからプールに行くようなものだ。
本を読むことも、他人の考えや体験を私がシュミレーションしていることになるだろう。
冒険的に次々と行動する人を見ると、呆気に取られる。
私と行動のタイプが違うからだ。
私は窮地にダイビングはしない。採算の取れないことはやりたくないほうだ。

時間を大事にして、自分の為に時間を使いたいと思うのだが、他人の電話やメールや雑用で時間は分断される。
昔より現代社会の方が情報が錯綜し、たえず忙しくて、自分の内面に焦点を当てることが難しい時代だ。
しかし、古今東西の本は全て簡単に手に入り、調べようと思えばネットでどんな情報でも思いのままだ。
要は自分次第と言える。求める自分のエネルギーが大きく熱く途切れない執心で求め続けられれば、現代社会で開かれない扉はないといえる。

私は100歳まで現役で生きるつもりでいるから、これから新しい事を始めても充分に間に合う。何に情熱を注ごうか。子作りだけはもう卒業だ。

2009年4月17日(金)
経営者の決断、まだまだ平坦な道ではないぞ

地元のコマツがコマツ工場の閉鎖を発表しましたね。
粟津工場と金沢工場に集約するそうです。

経営陣の英断ですね。
悩んで迷ったでしょうか?
産機の方は10月から受注が0だったそうですから、決断するには迷いは無かったんじゃないでしょうか。
大波に襲われ、会社を守る経営陣の心労を思うと、円形脱毛症とかのレベルではないでしょう。
しかしこれくらいの企業のトップともなれば、心の鍛錬も行っているでしょうから、一般社員とは胆の座りが違うでしょう。

経営者とは非常時にこそ、その真価を問われるものです。
現代は上場企業が何社も潰れて行っている時代です。
変転が激しく、対応が遅ければ、あっという間に消えていく定めです。
スピードある決定と、流れを見定める確かな眼を持っていないと、ただアタフタオロオロする経営者も多いのではないかと危惧します。

建機は底を打ったということなので、地元市民も少し安堵しています。
小松市の代表的な会社です。コマツの社員でなくても、小松市に在住している者はやはり応援したくなります。

輸出産業ほど、今回のダメージは大きいはずです。
しかし谷深ければ、次にくる山は大きいはずです。
日本の産業を預かるトップは、気概を持って日本丸を谷底から山の上に登らせていって欲しく思います。

2009年4月15日(水)
私の描く将来の人間社会は・・・。

工業という物作りを主体に発展してきた日本ですが、物は軒並み売れなくなって、温暖化やゴミなどの環境破壊やCo2や食糧問題や人口爆発など、積年の山積の問題に解決のめども見えず、車をエコカーにしただけでは何も解決になりません。
いろんな人が提言していますが、結局のところ産業を縮小して、人口を減らすしか方法が無いのではないでしょうか。
人間は地球の上で、他の生物と同様にこじんまりと生きるしかないのでしょう。

私は将来、猫の額ほどの畑を耕し、昔の農業社会に戻る将来を想像してしまいます。
使い捨て社会から、循環型社会になったとき、太陽光発電や風力発電で生活できる人口はどのくらいなのか。
日本だけの農業生産物でどれだけの人が生活できるのか。
野菜が工業製品のように生産できるか。
DNA操作で新人類を生み出せるとして、平和主義者だけを作って戦争をなくせるか。
2025年までに貧困を無くする方法」を書いた本も、温暖化やゴミなどの環境破壊やCo2や食糧問題や人口爆発などの問題との整合性はどうなのか。
近い将来の地球は、大変動の渦中に巻き込まれ、しっかりと前を見通す力がないと自分と言う主体を無くしてしまいます。
多くの本を読んで、自分を養い、勝手主義の個人主義から自立を果たさねばなりません。
民主主義で正しい方向性を選択できる為には、個人が成長せねばなりません。私たちの手に将来がゆだねられているのは間違いありません。
パチンコやゲームにうつつを抜かしている場合ではないと思いながら、私など仕事は一番享楽的ななりわいをしている。
誰もがそんな自己矛盾を抱えながら、資本主義の末期を生きているのです。

2009年4月14日(火)
今を生きる同胞にエールを!

テナント募集の札があちこちの建物に目に付きます。
しかし、なかなか埋まりません。
産業界は大型の物ほど売れなくて、物作りの工場などは悲惨なものです。
ヴェネチィアはその点、暇だとはいえ、お客さんがまったく入らないことはありません。たしかに売上はダウン気味ではあっても、苦しさはあっても「どうにもこうにもなすすべが無い」、状態にはないだけいいのでしょう。
日本の社会にあって、ヴェネチィアの存在は資本主義のあぶくであることを充分に認識しています。

日本の基線産業がダメージにのた打ち回っている状態に心を痛めながら、何とか起死回生の解決策が無いのだろうかと思考します。
時代は後から見ると変転を繰り返し、解決策に時間を使って辿り着きます。
今は情報化時代、知識が瞬時に地球を駆け回る時代です。
ネット上に無料でもたらされた知識を使って、自分の問題を解決できる時代に、日本が没落の淵に沈潜するのを指をくわえて見守っていることしかできないなどあるはずが無い。
いつも解決の芽は人に知られないところで発芽しているものなのだ。
私たち庶民は、時代の変転の証人として、今この時代に立ち会って平成の世を生きている。後から何故あの時、気が付かなかったのだろうとの悔恨は歴史を検証するまでも無く、歴史に置き去りにされた殆どの庶民が持った感情だったのではないかと思う。

今の世に、自分の存在が意味を持つなら、命などかなぐり捨てた若い志士達、それに比べて意気込みだけでは何のらちもあかない時代に、自分の生きる証を見出せない多くの人を乗せながら時代は流れていく。

そんな多くの人が辿り着くポートとなるべく、平成時代の一時のポンツーン、時代のあだ花のヴェネチィアも、共に今の時代を生きる同胞に、心からのエールを投げかけているのです。
日本人の英知を集め、日本が世界の為に、人類の明日の為に、成すことを成すようにと祈ります。

2009年4月11日(土)
ホステスとお客の資本主義的考察・・・な訳ないか?

ホステスさんとお客さんの関係は資本主義の市場経済そのものです。
生産者(提供者)と消費者の関係です。
提供者は消費者の動向に常に影響を受けます。
消費者は見比べながら、どれにしようか品定めに余念がありません。
形、色、艶、取立てか古いか、味がいいか悪いか、農薬を使って虫も付かないのか、穴あきだけど自然のままで素朴か。
お客とホステスは、特殊な取引でお客の心が満足感を得たら最良です。
時間がきて、お客さんが帰って外に出たとき、「あー、楽しかった」と思ったらGOODです。
訳知り店長でも、ホステスさんとお客さんの横に居て指導も出来ないのです。レッドカードやイエローカードを持って審判のように判定を下せればいいのですが、ホステスさんとお客さんを信じて託すしかありません。
バーやクラブのママさんなら、若い子の横から助け舟を出したり教えたり出来るのですが、それが出来ないから隔靴掻痒の感有りです。

ホステスさんの接客の判定は、付いて判定できないから、数字に頼らざるを得ないのが実際です。
お客さんから、いっぱい指名された人が接客がうまいのです。
ホステス同士は、あの子はこの子はとの思いがあるでしょうが、お客の誰もが指名すればホステス間の序列は明らかに決まるものです。
決定権はお客に有ってホステスにはありません。

ホステスのストレスも大きいです。
常に自分の顔と年齢を抱えて、もっと若く綺麗な子が入店してきたら、店の序列は崩れて組み替えられます。
大きく影響を受ける人と、さほどでも無い人がでます。
指名の数が、写真で選ばれることに依存している人ほど影響が大です。
本指名が多い人ほど影響は少ないです。

誰もが1日1日と人生の堆積を重ね、1日で365分の1歳の歳を重ねていきます。ホステスの多くは、後ろから押し出されている重圧を感じて過ごしているのです。
しかし、ホステスは年齢ではなく、今の実績です。
ヴェネチィアでは、ホステスがたとえ歳を取っていても、お客が多く指名したくなる子なら、大事な財産です。

今現在ヴェネチィアに長く居る子は、実績があって、淘汰に残れたダイヤモンドと言えるかも知れません。

2009年4月10日(金)
日本再生は教育がカギか?

社会が発展すれば、すべてのことは解決し、幸せな世界がいつかは訪れるのだという思いは、いつの頃からか確信としてありました。
それがいま揺らいでいます。
大量消費、使い捨て社会、いっぱい買ってどんどん捨てるのは消費を拡大していいのだと言われてきた。
もう使い捨て社会は地球にやさしくない。
循環型社会を目指さねばならない。
工業社会は終焉を迎えるのだろうか?
日本は没落していくと言われている。
材料をすべて輸入に頼る国だから、輸出が止まると基盤となる産業がない。
日本の没落を回避し、世界を常にリードする国でいるためには、教育が一番重要でないかと思う。
メイド・イン・ジャパンは信頼のブランドだ。

しかし日本の教育レベルは地に堕ち、10位以下を低迷している。
教育レベルを上げるために、教員レベルの維持、教育不適格者の解雇、優秀者の飛び級など、他国に合って良いと思うことを何でもやるべきだ。
特にインドの数学教育はすばらしい。2桁の掛け算を暗唱する。昔の素読も復活、良いと言われるものはすべてやってみればよい。
産業を救うのも、国を救うのも、すべては教育だ。
学校が荒れてきたのは道徳を強く教えなかったからで、戦前の修身のようにしっかりと教えるべきだ。
義務教育でも学習到達度によって、どんどんクラス替えをして学習を競わせるべきだ。
普通の授業についていけない者は、特殊教育を施し、それぞれにあった教育をするべきなのだ。
違ったものが同じ教室で学べば低いレベルに合わせるしかない。
個人の能力を伸ばすためには、同じレベルの子を同じ教室にして競わせればよい。引きだす内容はそれぞれ各自違うのだ。


以前、日本をリードした官僚たちは、何をしているのでしょう。日本が発展していく道筋を設計する人はいないのでしょうか。不透明な将来を見通し、納得するように説明できて、リードできて、国民をその気にさせてくれる熱い魂をもったリーダーを待ち望んでいる。

ヴェネチィアでも修身教育をする必要があるかな?
淑女貞女の教育をやってみるか。

2009年4月9日(木)
小さな死を意識する

私たちは誰もが、1日過ぎれば1日分死んでいる。
与えられた寿命の最大値がある。
寿命の最大値から、1日過ぎれば1日分減る。
煙草を吸う人、アルコール依存症の人は1日が過ぎて、寿命から2日減っているかも知れない。
煙草やアルコールを飲んだことで寿命が短くなったり、活動域が減退して、命の厚みが薄くなる。
少なくとも健康にはならない。
コーヒーもお茶も限度を超えれば依存で、流されているのだ。
止める術は持っているのだが、私たちは簡単に流されて当たり前にしている。
健康で活動的で張りのある命が100として、自分は今まで幾つを失ってきたか。
未病でも体の機能を害して、今まで出来たことができなくなる。自分の機能が死んだと言える。

1日過ぎれば1日寿命が少なくなる。1日過ぎて、2日寿命が少なくなる人もいる。
寿命はたとえ長くても、病気がちで命が細くなっている人も多い。
私は最後まで元気に活動できることを願う。
その為に、リスクとなるものは取らない。タバコも酒もやめた。
だけどコーヒーが1日4、5杯と多い。甘い菓子もよく食べる。食事の量も多い。これをなんとかしたい。
養命酒や青汁も飲んでいる。

健康な生活をするためには、生活の中の小さな死を意識することだと思う。
死はいつも自分の隣にある。
死を忌み嫌うのではなく、死となじんで死を見つめ、自分にある健康をありがたく思い、今の健康を維持するように生活を組み立てるのだ。

周りの人が健康を害し不調を訴える。病気になり病院に通っている。
身体の健康が死んでいくのを私に見せてくれている。
私に「こうならないようにしろよ」と教えているのだ。
その為には、自分で自分の体の健康を維持する知識を持ち実践する。
心を前向きに、快活に、感謝する心掛けで実践する。

2009年4月8日(水)
国家って、何なんだろう?

時代と共に社会現象は変転を繰り返して、いつの時代でも激動期だという事を忘れてはいけません。
今現在もアメリカ発の金融不況の激動期、そのあとに来るのはアメリカの不安定からくる世界の覇権争いでしょうか?
日本だけは覇権からは蚊帳の外に置かれる存在ですが、日本得意の平和外交と言う根回しで世界から貧困と争いを無くし、軍備にお金を使うことをしなくていい世界を作って欲しいと思います。

国益がぶつかり合う外交の場で、何故各国政府が国益にそんなにこだわるのでしょうか?
世界中のどこの国も軍事力を持たなければ、戦争も起こりません。
しかし、現実は自国の防衛の為に軍隊を持っているのが当然です。

不可侵条約を破棄して攻め入ってくるロシアもあれば、日本語の先生が必要なら日本人を拉致して有無なく働かせる北朝鮮もある。
やはりまだまだ防衛をする必要性がありそうです。
各国の利害を調整する世界政府に加盟して、国同士の対立や国境の対立を裁く国際裁判所が出来なければ無理です。
国連も戦勝国に有利に運ぶ為に第2次大戦後に戦勝国作ったもので、理想的なものではありません。

国際法も強制力は何も無い。国際法という理想を掲げ、衝突と蛇行を繰り返しながら歴史を作っている。

国家とはなんぞやの問題を含みながら、日本の国家に属し日本語を話し日本文化圏に暮らしている。
日本に居れば安穏と暮らしているが、違う文化圏にいけば日本国家や日本人を背負って生活するようになる。

国際人などの呼称も日本特有らしく、アメリカ人やヨーロッパの人は国を移動して住む国を替えて、○○系○○人などと言って、血が混ざり合う途中経過を現わしている。
日本は島国で血の純潔を保ってきたから、東洋のガラパゴスと言われたり、特有の進化をしてきた民族なのだ。
お人よしなほどの平和主義者で、人間を善として、真っ白に産まれてきたのに育つ環境などで黒く悪に染まると考えている。外国では最初悪で生まれてくると考える。

情報が国境を越えて行きかい、誰もが情報を得れる時、人は自分が生活するのに最適な場所を選んで移動するようになるだろう。
日本は入国条件を片方で厳しくし、片方で教養人や国益にあう金持ちは無条件で受け入れるようにしたほうがよい。
日本の気候や水や安全や日本人の友好的性格は、上層の人たちにとってはこの上ない条件なのだ。

私だって、言葉とお金に不自由しなければ、各国を住み歩いて自分にとっての理想郷を探したいものだ。

日本人にとって、日本の国にいることは空気のように当たり前のことだが、無くなって知る祖国のありがたさにならないように、変化に対して慎重に、特に日本語や教育を守っていかねばならない。日本の文化やシステムの根幹に当たるからだ。

2009年4月6日(月)
嫌にならずに、最後まで読めますか?

春の日の夕方の時間は眠くなる。
ここ数日天候に恵まれ、穏やかな春の日差しは、車の中の温度が上がって、運動して、風呂を浴びてきた身体の体温をますます上げて、身体の弛緩を誘う。
今日は時間の余裕が無く、申し訳程度に10分間だけ泳いできた。
それでも身体は心地よい緩みで、車に揺られて店まで来る間に、すっかりと眠気を誘われる。
今、この睡魔に負けてしまって、眠ってしまうと夜に眠れなくなるから、眠気を払拭しなければならない。
パソコン画面を見ていると、眼だけ疲れて、あとは物憂げな倦怠に包まれる。
思考の緊張が途切れ、何を考えていたのか分からなくなることも多い。
夕方は脳もオーバーヒート気味である。

かきたいテーマも無いままにパソコンに向かい、思考のおもむくままに迷走する脳細胞を画面上に文字として表示する。
指向性の無い脳と、倦怠な身体が綴る文章は、とりとめなくまとまり無く、いっそうくっきりと今の自分の状態を正確に現している。

文章は、人格も、性格も、教養も、性も、気分も、時代も、流行も、なんでもかんでも一切合財を現すから、気が抜けないんである。
私と言う人間の厚みも奥行きも、隠そうと思っても隠し切れないのが、文章である。
眠気を伴って書いた文章など、読み手が読めば、直ぐに全てを了解して、読むのを放棄する怖さがある。

そう考えたら、眠気などどこかに吹っ飛んでしまった。
読み手の居ないブログなど、「○○のないコーヒーのようなもの」、よりも救いようがないのだ。
お陰で、すっかりと精神の緊張を取り戻して、我に返った。

読む人を、最後まで読ませられる文章をかけているだろうか?ここまで読んでくれたって事は、最後まで読んでしまう力が、文章にあったと考えていいでしょうか?
そう考えると力が湧いてきます。

2009年4月5日(日)
粗食で腹8分目がいいのだが・・・。

食品を買うときに、成分が気になります。
食べ物は、裏を見て成分表をチェックする事を忘れません。
防腐剤や香料や着色料が入っているものは極力食べません。
乳化剤も身体に悪いのか分からないから、できるだけ買いません。
消費者の眼をごまかして買わせているように感じてしまうからです。

加工品を成分を気にしながら買うよりも、断食をして、玄米食にすればいいのになかなかできません。
マウスでも70%に食料を抑えたマウスの方が、毛並みの色艶も生命力の長さも一番よい結果が出ている。
現代栄養学と実際は違う結果なのだ。
食べる量を抑えたほうが、身体は軽く活動量が大きくなるのだ。
人間の場合、食べる量を満腹の70%にするとは、理性で量を減らさねばならないから難しい。
私たちの中には頭で食べたい量と、身体が求める量と、健康で活動的な最適な量とがある。
頭で食べたい量とは温泉旅館の豪華な食事のように、いっぱいのおかずに囲まれて山海の珍味を味わう豪勢な食事なんである。
私もこんな食事を毎日食べたいものだ。だけどこれでは健康で長命を得る事は出来ない。少量の食事でエンザイムの豊富な粗食がいいのだ。
それで玄米食に雑穀を入れて焚いたものが一番良いと言える。
当然玄米を炊く前に玄米を水に一晩付けおいて発芽のDNAのスイッチを入れて命の活動量が大きくなったものを頂くのだ。

昔、学生時代に自炊をしていて、圧力釜で玄米を焚いていた。
自分の作れる料理をいっぱい食卓に並べるが、玄米食で食べる時に欲しくなるのは、味噌汁と漬物だけで、あとは特に欲しくないのだ。
体験的に玄米と味噌汁と漬物があれば何もいらないことを知っている。
だから昔、一汁一菜と言ったのだろう。一汁一菜が貧しい食事でなく、他のご馳走が欲しく無くなるというのは、あまり知らない情報ではないだろうか。
玄米を良く噛んで食べていると甘みがでて美味しくなる。
良く噛んで食べるから大食も出来ないのだ。
適切な量に落ち着くのだと思う。

今は美食に溺れている。食い意地のはった私は家族の中でも一番よく食べ、アフリカで飢餓の難民が出ているときに、たらふく胃袋に詰め込んでいる。
食料はすべて命あるもので生きている。
私のように大食だと多くの命を無駄使いしているようで改めたいと思うのだが、生活習慣病の大食らいは理性の力で押し留めるのは無理だ。
玄米の一汁一菜にすれば大食らいも改まるだろうと思う。

家族の中で私だけが玄米食をするわけにもいかないし、健康の知識は豊富にあるのだが、私の健康のために理解していない家族を巻き込むのもどうかと思う。
しっかりした知識を持っている人々は、社会現象の数年先を行っているので、食糧問題等で数年先にはこれらの事が議論され、玄米食が理想的な食事と認識されると思う。
日本経済が没落の道に向かう時でも、少量の玄米さえあれば日本人は健康に生活していけるのだと分かっていれば、将来を不安に怯えることもない。

2009年4月4日(土)
農業者のホームページを作ろうかな?

この世界不況を契機に資本主義のあり方自体が変ってしまうんでしょう。 産業が疲弊して、大きな会社が倒産するときも、人間食わねばならないから食料は貿易しあわねばなりません。
食料の奪い合いが、各国に起こったら食料自給率40%の日本などすべて輸出国の言いなりになるしか選択肢が無くなってしまいます。
食料に関係する貿易では自国の産業を守ってもいいと思うんですが、アメリカに都合のいい形で、アメリカの論理を日本は受け入れすぎです。
日本は食料の一番の輸入国です。
普通はお客さんだからありがたい存在です。
しかし中国などがどんどん高い値段で食料を買いだしました。 日本からの注文は、事細かで細部にこだわります。

ひるがえって、日本の農業はなり手がなく後継者もいません。 農業は産業として成り立たなくなっています。
産業ごとの時給比較のデータがあればわかりやすいと思います。 農業の時給は数十円の単位でないかと思えます。
農家が自分が作った作物をホームページで直接販売すれば中間マージンが無くなって利益が大きいと思う。
消費者も生産者から直接買えるから、新鮮さと顔の見える関係が安心を与える。
農家は軒数も多いから、ホームページのフォーマットを作って農家に直接購買の為のホームページを作りませんかと、売り込んだら売れるんじゃないかと思う。 ホームページのフォーマットを作って、あとは農家ごとに作物の写真や、作り手の紹介ページや苦労話の手記などのページに書き込んでもらって、生産物はまとめて一定数を買い取りか、宅配か、届けるかなどで料金を変えていけばよい。消費者と生産者の間で困っているところがニーズだ。
農家はたいがい田舎の僻地だ。
都会とは距離がある。
私は、着眼点はいいが詰めが甘い。
日本の農業問題の一助に私もなりたいと思うが、ホームページを作れるだけではあまり役に立たないだろうか。
ヴェネチィアのHPと農家のHPとでは、違いが大きすぎるだろうか。
農家が使っているHPもどこかの誰かが作って、農家が活用しているのだろう。
やはり広範な知識が物を言うのかな。
営業社員を使って農家に電話を掛けまくっている会社があるだろうな。
コツコツと作る私などは農家の立場に立ち過ぎてうまくいかないかもしれない。
生産効率が悪いという奴だ。
しかし格安でもいいから、誰かのホームページを作ってみたいものだ。

2009年4月3日(金)
いよいよ明日だ、不測の事態が起こるか?

明日、北朝鮮のロケットが打ち上げ予定だ。
北朝鮮が宇宙ロケット打ち上げならば、ただ真っ直ぐ宇宙に向かって打ち上げるだけだから、日本の上空を通過する心配もない。現実に宇宙まで飛ぶのか?日本は朝鮮の今までの動向から見て日本を射程距離に置くミサイル開発という力の誇示だと見ている。
迎撃ミサイルはまず当たらないと見たほうが間違いないだろう。
北朝鮮が発射したら、瞬時にミサイルの軌跡を計算して、それに合わせて対空ミサイルの軌道計算をして打ち落とすなど、難しさは天文学的だ。飛んでくるほうと飛んでいくほうの計算をやらねばならないのだ。計算の速いコンピュータで誤差を補正しながら計算を繰り返し精度を高めすぐに発射する、考えただけで感嘆してしまう。
もし北朝鮮のミサイルを迎撃ミサイルで当てたら、日本とアメリカは他国の軍事力を無力化することになります。
そうなって欲しいものです。
戦争はあまりにどちらにとっても被害が大きいので、現在は外交交渉で圧力をかけて押し込めているわけですが、独裁国家だし先走るハネッカエリもいるだろうから、不測の事態を常に想定して対処せねばなりません。

早くスパイ防止法のようなものを通して、他国の利益を優先させ、日本を売り渡すような朝○総連や北朝鮮の提灯記事を書くような新聞社なども規制したいものだが、民主主義の圧殺に繋がるでしょうか?
ボーダーレスになって情報がどれだけ北朝鮮の民間人に流れて、北朝鮮の国民が世界の情報に接しているのか知りたいものです。
たしか北朝鮮のWBCへのアクセスが韓国と二分するほどに上がっていたのだが、あれは情報操作でそうしたのだろうか?
普通に考えて北朝鮮の一般人がWBCをネットで観戦するなどありえないことだ。早く北朝鮮が普通の国になってくれることを願う。

北朝鮮とロシアと中国が選挙のある民主主義国になったら、日本経済にとっては持続的発展を約束されたようなものだ。

日本は教育制度を改革し、知価社会を実現し、頭脳を国の産業に育てられるようにシステム変革を行って欲しい。

2009年4月2日(木)
日本の農業が元気になって欲しい!

店に来る車窓から田んぼを眺めながら来ました。
石川は米どころ。この田んぼのすべてに耕作している農家の人がいて、苦労しているんだなと、中国などの格安な食料に押されて、まったく利益の上がらないままに耕作している様子が思われて胸が痛みます。
一方、消費者になると少しでも安いものをと、我が家の家計を考えて安いものに流れます。
我ながら自己矛盾なんですが、田を見て胸を痛めながら安い物に流されるのを自己矛盾と感じずに当たり前に過ごしている。

消費者は生産者の苦労や薄利を、生産者は消費者の農薬へのアレルギー反応や健康を預かる自覚を思って欲しいのです。

食にまつわる嘘偽りが取りざたされるなか、不信感が先行する社会にあって、裏づけのある信頼できる関係を築けないものでしょうか。

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