店長のつぶやき 2009年平成21年 下へ
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2009年5月29日(金)
北朝鮮の核実験に思う

北朝鮮が地下核実験をやり、ロケット弾の発射実験もやった。
北朝鮮は何を考えているんだろうと思います。
北朝鮮の指導者が自分の安泰を図れられれば、わざわざ危ない橋を渡ることはないと思うんですが、挑発なのか有利にしようと画策しているのか、ニュースを見ていても考えている事が分かりません。
自国を有利にしようというのは分かるんですが、力や核を使って有利に運ぼうとすれば周りの害を与えられる国は共同して対応を強めるのは成り行きです。
国際社会はまとまって核を拡大させる政策には厳しい態度を示さないと、国際社会のルールはこうだと示さないといけません。
そして最終的にはアメリカもロシアも核兵器を廃絶するということを、世界各国に道筋として示してかからないと、俺の核はいいが、お前の核はけしからんでは道理が通りません。
最終的には各国の兵器も軍隊も、世界共同軍隊(国連軍でもいいのですが)に参加して各国から選ばれたリーダーの下に国際法に則って民族対立などの利害対立の調整にあたるようになるでしょう。
目標と道筋を庶民に示して欲しいですね。
最終的な目標はこれで、昔はこういう風だったが、いま現在はこの辺まで進んでいる。
こういう情報があれば分かりやすいが、折衝に当たっている当事者は分かっているんでしょうが、庶民はいつも蚊帳の外に置かれて、いきなりテポドンが頭の上を飛び越えていく下で、日本は平和だねと言いながら暮らしている。
有事が起こる可能性は北朝鮮や中国やロシアが発端で、対象は日本となるような気がします。
日本を敵対視している国は周りに多くあります。
太平洋戦争で日本が負けて、敗戦国だった日本が世界2位の先進国になったことがおもしろくないんです。
戦勝国意識で日本に強く当たりたいんです。
北朝鮮はテポドンを日本に打ち込んでも、間違いだったとでも言えば反撃はしてこないと踏んでいます。
各国も打ち込まれるのが日本なら、敗戦国だから仕方ないだろうの意識もあります。
大東亜戦争の歴史の真実をまとめ、証拠と事実を示して日本の正しさを日本人に広く知らせるようにしたい。
若い人は日本に誇りや愛着を持てずにいる。
国家主義的に、愛国心を上から押し付けるのは好きじゃない。
日本的愛国心をどのように手にすべきなのか、民主的形態のままに歴史教育と愛国心を手にしたいと思うのだ。その道筋を知りたいものだ。

2009年5月19日(火)
インフルエンザ、感染拡大!

新型インフルエンザは拡大期に入り感染者はすごい勢いで拡大しています。
日本の成田空港の水際作戦を突破して国内に入って、感染が拡大したからもう止めようもありません。
新型インフルエンザは弱毒性で、通常のインフルエンザよりも弱いくらいです。
アメリカでは感染者が10万人と言われていて、死んだのは6人だけです。
通常のインフルエンザでアメリカでは毎年3万6千人が死んでいる。
普通のインフルエンザと比べても死亡者推移を見ると弱い菌だと言える。
止める努力はやめて、うつされないようにマスクを携帯して、混雑した場所には近づかないように、咳やクシャミをする人から2mの距離を置く、こまめに手洗いをする、ドアノブなどを消毒するくらいでしょう。
ワクチンが出来るまでの半年間をなんとか移らないようにしのげればと思いますが、移ったとしても一時的な高熱が出るくらいで、2,3日休めば免疫力で治ると思います。
メキシコで死んだ人は、糖尿病や肥満やヘビースモーカーだった人で、今回の弱毒性のインフルエンザで重症になりやすい人もこれらの人だと思われる。

あとは、ウイルスが強毒性に変化しないように神頼みしかありません。

2009年5月15日(金)
今までの経済理論はこれからも有効か?

GoogleのOSがのった携帯が6月に発売されるようです。携帯はいつまで進化し続けるのかが疑問です。
追い続けていったら、いつかは誰も着いてこない状況になると思います。
人間の進化が携帯やアプリケーションの進化に比べて余りに遅いからです。
私などは携帯は電話とメールしか使っていません。
あとはせいぜい目覚ましにアラームを使うのと、データ転送に赤外線受信送信を使うくらいです。スケジュール管理も携帯ではできないし、カメラも殆ど使わないんです。

もう一つの疑問は、新しい技術が新しい産業を興し、新しい市場を作り出すことで、新しい雇用が産まれるという経済理論です。
例えばLSIや半導体技術があって、携帯電話が生まれ、ドコモやソフトバンクの雇用が生まれたようなことです。
問題があるところに技術力で解決し、新しい産業が興って雇用が創出されて社会が発展してきたんですが、現代の問題は産業のゴミや垂れ流しや公害撒き散らし型にNOを突きつけたことです。
CO2を出したら駄目で、循環型社会でなければ人類が存続できない危惧がある。
この問題を技術力で解決できるのか?
いままでの経済理論がこれからも通用するのかに危惧を抱いているのです。
あちこちで知恵を絞っているでしょうが、一社の技術で解決することでなく、企業が排出する工業廃棄物や消費する電気代のCo2の総量が製品に転化され、製品を生み出すためのCO2が大きければ製品の評価は落ちる事になる。
少ないCO2で生み出した製品が評価が高くなる。
製品あたりのCO2を企業が正確に出すとも思えない。
製品は多方面にわたり、技術革新に適応するものばかりでなく、昔ながらの製法を守る効率的でないものも多い。
これら山積する問題を、技術力で解決して持続発展できる社会がこの先もやっていけるのか?

異常気象は多くなり、気温は上がり続け、外来種が日本に増え続け、海水面は上昇する気配。
待ったなしの状況に、解決のすべを持たない国民は神頼みしかない。
神風は吹くのだろうか?

2009年5月14日(木)
将来の生活モデルは?

近い将来はどうなるんでしょう。
6月からスーパーの袋は有料になります。
車も殆どがハイブリッドになるでしょう。
太陽光発電や風力発電も普及していくでしょう。

でも大量消費大量廃棄の資本主義がそのままで済む訳がありません。
地球の人口も計画的に減少させるようにさせねばなりません。
考え方も生活の仕方も庶民にはモデルがないと分かりません。
近未来のモデルはどうなるか?
共生共貧」という本を読みました。
日本は共に貧しく生活していくようになると書いてある。
食料自給率が40%の日本は輸送エネルギーを使わないようにするためには地産地消を勧め、農業を中心とした社会にすることが謳われている。
日本の人口1億3千万人が農業で食べていけるわけがないから、工業化社会消費社会を今のまま当分は突き進むしか道はないでしょう。
都会から過疎の田舎にUターン現象が起こるんでしょうか?
使うエネルギーを少なくして、土地や地域に根ざした生活ができるんでしょうか?

2009年5月12日(火)
人類に突きつけられた問題をどう解決するか

人類に突きつけられた難問。
①温暖化でCo2削減を求められていること。
②アメリカの金融バブルがはじけて、世界大不況に突入した事。
③資本主義の根幹、欲望に根ざした、需要と供給の市場原理に任せておいていいのか、駄目だとしたら、何を基準におくのか、判定者は誰になるのか。
④第3世界の人口爆発と食糧問題と貧困問題。
⑤新型インフルエンザなどのウィルスが、人の移動のスピードですぐに世界中に広まる事。
⑥核拡散問題。核を使っての戦争が起こる危険が迫っていること。

今の時代ほど、問題が押し寄せてきている時代はないんじゃないかと思えるほどです。いつの時代も激動の嵐の中にいるのですが、殆どの人は自分の問題として考える事はないでしょう。
問題が余りにも大きすぎて、自分は余りに非力であるからです。
しかし一人一人が自分に引き寄せ考え、自分の考えや思いを発信して議論を巻き起こしていくことが必要でしょう。
私は人間の活動を縮小して農業を中心とした村社会に戻るべきでないかと思います。
農業と言ってもバイオを使った管理農業です。
世界中に輸出するのでなく、ガソリンを多く消費しないで届けられる範囲の村社会になると思います。
同じ文化ごとの地域社会に分散して、通信以外は交通や輸出入は地域社会の範囲に収束していくかも知れません。
ガソリンを輸入して輸送や発電に大量に使うことはできません。
電気は原子力発電所でまかなうとして、火力発電はもってのほかです。
ガソリンは人口と道路面積あたりか車の台数当たりの比例の割当輸入です。
世界政府を樹立して、Co2の削減目標のように、石油の割当や取引価格を決め、人口縮小目標や教育達成目標を決める必要があります。
生まれたものを殺す事はできません。
しかし生んだ責任を個人と国に負わせて、生んだ以上は一定の教育を果たすのでなければ貧困という連鎖を理解もできないでしょう。

世界人口は今の半分か3分の1にして、ゆったりと生きるようにしないと、地球の気温が上がりすぎて、人類が誰一人として生きていけない、絶滅の危機になる引返せないレベルに入るのは、以外と近いことかも知れません。

2009年5月11日(月)
犬の顔は飼い主に似る

犬の顔が飼い主とそっくりだと確かに何度も思った。
ペットを買うときに、自分と似た犬を選んでしまうからか。 それともペットが、飼い主に常に注目し一緒にいるから、自分を飼い主に似せていくのか。
言葉も話せない、たかが動物が家族よりも可愛く思えるようになるなど、なぜだろうと思う。
心がまっすぐだから、嘘や操作がないから直接私の心に飛び込んでくるからだろう。
ただ犬が死んでしまうと人間の喪失感は大きくて、家族の死以上である。
我妻など、私が死んでもこれほど悲しまないだろうというほどだった。
だから犬を飼いたいけれど、もう飼えないのだ。


     犬と飼い主のそっくりコンテスト(笑えます)   

2009年5月9日(土)
霞んで見えました

今日は遠くの景色が霞んで見えました。
逆に遠くの山々がはっきりと近くに見えることもあります。

透過率が違うというのでしょう。
人や年代によっても、同様に透過率が違うような気がします。
いわゆる先を見通す力=透過率が子供の頃はまったくなくて、先に不安を常に抱えていたように思います。
それが社会経験を積み、色んな本を読み、先人の考え方の助けを借り、現象の意味する事や行き着く方向性などを理解できるまでになるのだと思います。
一つの事を見ても、そこから考えを発展させ膨らましていける力も付いてきます。
私たちは何気なく”見て”いますが、”観る”と言うと、見えないものを観るときに使うんだそうです。
冬の木立を見て、ただ漫然と景色を見る人が多い中、葉も無い木々を見て芽吹いているさまを観る人もいます。

私は物事の見通しができ、内在することをも理解し、客観視するとともに、自立的能動的に行動し、その結果を予測できるようになりたい。
人の痛みを感じながら、囚われず流されない強さも併せ持つ、複合的な複雑系がよい。

霞んだ景色を見ながら、考えたことでした。

2009年5月8日(金)
この先、どうなるんだ?

日米同時破産」という本を読んだ。
年収防衛」という本も平行して読んだ。
将来が暗くなった。
日本はどうなるんだろう?
私の将来はどうなるんだろう?

日本の政治家に大きな構想など何も無くて、大衆に迎合しておもねって、目先のことばかりを捉えているようだ。
国をリート゛する指導者を生み出す教育システムを作ったり、日本の歴史を史実に基づいた編製をした歴史教育をして、日本に誇りを持てるようにして欲しい。60年前のアメリカ占領軍に吹き込まれた太平洋戦争史観がしっかりと定着していて国民は日本に誇りが持てないのだ。
アメリカのドルは紙くずになるとしたら、日本はアメリカべったりの姿勢を正して、まずは自立する必要がある。その為には自国の歴史に誇りを持つ事が最良の処方箋だ。
ヨーロッパ的社会民主主義の方向に進むとしても、自由主義と何故決別するのか国民を教育していく必要があろう。

アメリカから離れて、中国に擦り寄るのか?
ヨーロッパよりに行くのか?
日本が独自の路線を打ち出していけるのか?
私はいつも日本の行く末を気になってばかりいる。
平和主義、世界平和を母体とした、日本が富国強兵になるシナリオを書いてくれる政治家を待ち望んでいるのだ。

2009年5月7日(木)
なぜ、この人生だったか

よく言われることに、人間は生まれるときに自分の人生を選択して産まれてくると言われる。
その正誤は知らないが、もし私が自分の人生を選択できるとしたら、どんな人生を選ぶだろうかと考えると、安定していても退屈なのは嫌だなと思うと思うのだ。
公務員のような、10年先が見通せるような人生を、私が選ぶとは思えない。そうして見ると今の毎日が、私にとって最良の選択なのかも知れないと思う事にした。

ある人の弁によると、あの世とは実態がなく目も無く手も無く足も無く、思った事が直ぐに伝わる社会だから嘘などつけない、それで同じような精神レベルの人が集まって生活している。
物と言う実態がないから平和だが退屈な社会なのだそうだ。
あの世の人々は、現世でのリアルな体験を懐かしみ、リアルさを望んでいるそうなのだ。
あの猛烈に苦しかった事、悲しかった事、嬉しかった事、将来に対する不安にさいなまされたことなど、全てが具体的で、リアルで、身につまされる感情を持って毎日を暮らしていたことを、憧れのように思っているそうなのだ。
安定して平穏な毎日の連続にとっては、自殺するほどに思いつめた日々の苦悩も悶絶も、身体を所有し、物と言うリアルな実体に囲まれ、リアルな感情が沸き起こる現世を懐かしむのだ。

現世の生老病死を私は生きて悩んで、今初老にいる。
どれだけ一生懸命に生きたかと言われれば、怠惰に溺れ、損得で考え、人間的成長が出来たとは言いがたいかも知れないが、それでも真剣に前を向いていたと言えると思う。
今も先は読めないし、アメリカ発の金融恐慌に襲われ、新型インフルエンザの脅威に晒されて、安定した平和な生活など望むべくも無い状況だが、私は半面これらの不安さえも楽しもうと思っている。

あの世に帰れば、安定した平和があるのだとしたら、今の具体的な毎日の苦悶を心行くまで味わいつくして、この世を堪能して行こうと思っているのだ。

2009年5月5日(火)
GWはいつもと同じでした

ゴールデンウィークは疲れることが多いでしょう。
知人や親類が来たり、高速道路を長い時間運転したり、楽しい時間は非日常の時間だから疲れます。
GWは遊びに行く人で、アチラもコチラも高速道路もいっぱい、どこも人の姿でいっぱいです。
私は今日も昨日と同じように過ごしていました。
まったくどこにもいかずに、いつもと同じ生活パターン、これはこれで問題ですね。何も代わり映えしないいつもの行動です。
「何処に行っても混みあっていてよくないよ」、とは言ってみても、何処にもいけない負け惜しみのように聞こえて、言う自分が哀れです。
それに自分は何がやりたいのか。
特にこだわりがあるわけでなし、GWになり、人はどこに行くのかなと見たときに、みんな計画的に遊んでいる気がします。
少し羨ましい気もしないではありませんが、皆が行くから自分も何処かに行かないとと後出しジャンケンのように大慌てに行動を合わせるのは私は絶対拒否です。
遊んで楽しむという発案が無くなってから、しばらく経つような気がします。
活動的に動く事が楽しい時期も確かにありました。
昔はよく地域サークルなどであちこちと行っていたが、若くて活動的な分、動かないでいられないところがあったのだと思う。
今は、動く前に予想できるから新鮮さが失われて、予測できる事に体力と時間とお金を使って行った所でどうなると、さめた気持ちが先行してしまいます。
これが子供が行こうとねだったり、犬と一緒に行くのだったら、「よし行こう」となるんですが、一人では物憂さが先行してしまいます。イカンナー。
若者の無思料性を見習うべきかも知れません。

世界不況の中、新型インフルエンザがいつ猛威を振るうか解からない中、日本はゴールデンウィークで民族大移動だ。
この何も心配しない楽天性というか、自分には関係ないと思っているのか、ある意味素晴らしいことではある。
気に病んでいても仕方ないもんね。
新型インフルエンザになったときはなったときに考えるって事かな?
えぇ、何も考えていないんだって?!
ノーテンキやのー。

でも私も自然の中に行きたいなー。
他人と一緒では気を使うし、やはり一人かな?
一人じゃ、料理に困るし。
来年のゴールデンウィークのことを、1年かかって考えてきめようか。

2009年5月2日(土)
水際作戦でピリピリなのに、大挙して海外に

人間とウイルスの戦いは、人間が科学力を使って身を守るようになってからズーッと続いています。人間が勝利して最終的にはウイルスは死滅しています。
しかしウイルスは変化を繰り返して、いつももっと強力になって人間に襲い掛かってきます。
いつの日か強力に変化したウイルスの為に人間が滅亡する日が来ると言われています。

新型インフルエンザの感染爆発が言われている時に、警戒度が5から、6になるかも知れないと言われているときに、ゴールデンウィークに海外に行った人が4万6千人もいたという。
何を考えているんだと言いたくなる。
海外で遊んで帰ってきた人を、空港で調査検疫するのは全て税金です。
非常時に遊びに行って、ウィルスを日本に運んできたらどうするんだろう。
そうまでして個人の自由を制限しない、日本の国はいい国ですが、危機管理が弱いと思います。水際作戦でピリピリしている検疫官を尻目に、会社が休みだからと海外に大挙して出かける神経は、暴挙に感じてしまいます。
出かけるのは、新型ウイルスの知識が欠落しているからでしょう。
マスクしながら遊んでも面白くないと思うんだが・・・。
数人は感染して帰ってくることになるでしょう。
GWに海外に遊びに行く人からは、検疫費用を算出して負担してもらいたいと思う。
かけなくてもいいお金がかかるんだから当然でないか。

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