店長のつぶやき 2009年平成21年 下へ
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2009年6月30日(火)
依存症がいっぱいだ!

「仕事をせずに過ごせたらいいのに」と思う人は多い。
実際に仕事をせずに昼からパチンコをやっている人もいる。
しかし365日毎日パチンコ生活は、私にとっては考えただけでうんざりだ。

時間とお金がたっぷりあったら、ゆっくり旅行したり、本を読んだりと、精神的な充足を得られることに使いたい。

よく「時間をつぶす」という。
「何して時間をつぶすかな」という。
仕事が終って、パチンコしか自分の時間を過ごす場所がないというのも淋しい。パチンコ屋は男が多い。女も多くなったとはいえ、まだまだ男が多い。
家庭に居場所がなくて、パチンコでウサを晴らしている男達だろうか。
自分に与えられた時間だから、どう使おうと本人の自由だ。
パチンコ屋にいるのは、パチンコ依存症の人がほとんどだろう。

タバコも、酒も、パチンコも、拒食症も、過食症もすべて依存症だ。
自分の生活習慣のわだちから抜け出せないでいる精神的に弱い人だ。
私もコーヒー依存症に、甘党依存症に、大食い依存症が多少入っている。
依存症は生活習慣の悪いところをあぶりだして見せてくれている。
そこを直せば完成度が高くなると知らせてくれている。
常に自分に向き合うようにと促されているのだ。

2009年6月27日(土)
脳力トレーニングを知った

脳力トレーニングの講座を受けた。
自分の脳力を高めたいとは誰でも思うが、どう高めるかを知らない。
記憶力の本なども、読んでその方法は知っていたんである。だけどもその方法論を知っただけで終っていた。
50もの名詞を順序良く正確にいう記憶術を目の当たりにした。感心した。私と同じ年だった。
訓練さえ続ければ私でもできるだろうと思った。
自分のためだからやり続けよう。
やることがいっぱいだ。
まずは連想法で名詞を関連付けて覚えることに挑戦しよう。
記憶力が上がったら、記憶できたら凄いと思える事を片っ端から頭に入れていこう。きっと自分に自信が出来るだろう。
本で記憶の仕方の方法は知っていても、訓練法を知らなかったが、実際にやっている人に会って、すらすらと出てくる記憶力を見ると動機付けがまったく違う。
俄然やる気になるし、続ければ私もなれると思えたのはよかった。

私の中で思いが熱いうちに着手しよう。
明日になると彼方へと行ってしまう。3日もすると、何も残らないのを私が一番よく分かっている。

私は興味が移ろいやすく、新しい事に頭が向かってしまうのだ。

2009年6月26日(金)
夏は背広を禁止にしよう

暑い。暑い。
車に乗ってもクーラーはすぐには効かない。
街中ででかけるのに上着を着ていってしまった。
着る必要もなかったのだ。
だけど後の祭り。
しかたなくそのまま着ていた。
なりゆきなんである。

「天の思し召すところ、その成すところのことを成せ」
急にこんな言葉が浮かんできた。
いつからイスラム教に改宗したのかと思われる。
私の脳ミソはどうなっている事やら、どこにリンクしているのか本人でさえ把握しきれていない。
まあ、そんな事で暑い中を、背広を着て過ごしたが、一時だったのです。
これが1日になったらグロッキーになる。
営業職の人は良くやるなーと思う。
エコを言うなら、営業で背広を着るのを止めたらどうだと思う。 ワイシャツ姿でも別に失礼では無いのに、「夏の背広禁止令」でも出してあげたいと思う。

2009年6月20日(土)
援助は投資効率を考えるべき

人は誰でも見返りや効果を期待する。

今まで、先進国から多くの援助物資や寄付金やNPOが第3国と言われる発展途上国に注ぎ込まれてきた。
しかし、多くの援助を受ける国で、産業は興らず、相変らず援助に頼るだけの暮らしになっているのが実情なのだ。
魚を与えるので無く、魚を釣る釣竿と方法を教えるのだとよく言われる。
日本からも多くの国へ青年協力隊が派遣されて国際貢献をしている。
援助したら、努力して、農業生産を上げ、教育で識字率を上げ、産業を興こし自立するのを期待する。
しかしアフリカでは、多くの働き手がHIVに倒れ残るのは年寄りと親に死なれた子供達だけがいる。文化の伝承もなにもあったものでは無い。
同じ人間のDNAを持ちながら、地域と歴史によって生み出されるものはかくも違うものか。

世界中の国はお互いに影響を受けており、民主的で平和主義の国だけなら世界は順調に行くだろうが、実際は相容れない価値感を持って感情的に反発する国が多いから、力でいう事を聞かせる戦争まがいのことも起こりえる。
2国間の争いを避けるために、国連があり多国間で議論し決定する。

日本の財政は大赤字なのに、ODAに多額を出資している。
投資効率を考えて、援助しても自助努力が見られない国は援助対象から外して、自立できる国を先に自立させるように援助を集中させたほうが良いのでないか。
大切な税金を効果も検証しないままに、ただばら撒きをしているのでないかと、取られる痛みを感じながら思うのだ。考えてみれば借金しながら、他人にお金を上げているのだ。こんなお人よしがどこにいる。

2009年6月19日(金)
夜回り先生の講演を聴いた

昨日、金沢JC主催の夜回り先生水谷修の講演会に行った。
新聞で講演会を知り、ネットですぐに申し込んだ。
教育者として子供への愛で修羅の場に飛び込む水谷修の生き方と体験の講演を聴きながら涙が流れて止まらない。
男なのに涙を流すのはみっともないと思いながら、私はとても涙もろいのだ。
ハンカチもポケットティッシュも忘れて、車に合ったティッシュペーパーを数枚折りたたんで持って行った。
もちろん足りるはずは無い。
流れるままに任せて、最後に一括に鼻水もろともにぬぐった。
あんな熱い生き方ができたらいいと思うと共に、我が身をふがいなくも思うのだ。
家に帰ってからも、「夜回り先生のねがい」を読んでやはり泣けてきた。
1日中涙腺が活躍しっぱなしだった。

夜回り先生から見たら、ヴェネチィアも青少年を籠絡し堕落させる元凶に見えるんじゃないだろうか?
お客で来る人にも、接客する人にも、良い影響は与えないと断罪される恐れがある。
とてもお客が「ヴェネチィアに行くのが楽しみで仕事しているんだ」と言っても、普通は耳には届かない。
学歴も資格もない若い女が、若いと言うだけでホステスで高収入を稼げるなど水商売しかありえなく、若いときに高収入を得ると「世の中はこんなもんだ」と舐めるから水商売で高収入を得るなどしないほうがよい、と世間は思っている。

夜回り先生は、
          「いいんだよ」
          「過去のことはいいんだよ」と言う。

大人として社会を作る身として、青少年にいい影響を与えたいものだが、仕事の形態を変えるわけにも行かず、世間との結びつきを計りながら、偏見と蔑視にも説明と語りかけが必要なのだと思う。
理解はできなくとも、想像はできるのだから。

引きこもりの青年がいたら、ヴェネチィアが社会とのコンタクトを取るには最適かもしれない。
妄想と不信を解きほぐし、社会を自分の中に解きほぐして行くにはヴェネチィアは最良の媒体かも知れない。

2009年6月16日(火)
プランタンで農業をやるか!

人間の欲望を刺激して経済を活性化する資本主義で世界の経済は上向くと仮定します。
次にくるのは、資本主義で社会が発展しながら、CO2などを縮小できるかという問題です。
自動車の排気ガスはハイブリッドカーや電気自動車でCO2が減少するとして、ディーゼルエンジンも燃費効率が格段に良くなって排気ガスの問題は良くなると仮定しましょう。

次は世界の人口問題と食糧問題です。
温暖化がそれでも進行すれば、海面が上昇して海没する平野部は多くが農地です。その農地が水没する危険があります。
温暖化で虫が大発生するといわれています。
温暖化で作付けする野菜が違ってきます。
ただでさえ日本は食料自給率が40%です。
足りない食料を巡って奪い合いが起こります。

将来の食糧危機に備えて、私もプランタンに野菜を育ててみようかと思うのですが、いつも思うだけで終ってしまいます。
人間は土に根ざして、土いじりを通して、土がはぐくむ命を感じながら生きるのが本来の姿だろうと思うのです。
パソコン人間の私が言う言葉では真実味に欠けるのですが、二宮尊徳を持ち出さなくとも人間は土からできる作物で命をつないでいるのですから、いつの時代になっても農業は大事だと思うのです。
日本の政策も若者が農業に夢をたくせるようにならないといけません。
農作物は他の輸出入物資と違うのですから、輸入障壁を作るのもいたし方ないと思うのです。
一度失った農地は荒地とかし、農地が必要になったときは土が細くなって作物がすぐに取れる状況ではないでしょう。
昔北海道に開拓に入った人達の苦労を思い起せば、農地を荒れさせるべきでなく、現在は農業を会社ができるようになって進歩しているから、成功モデルが多く出てきたら日本の農業も明るい面もあります。
農地の売買と条件を緩和して、多くの有意の人が進出するようになればいいと思うのです。
私もプランタン農業を始めて、将来の飢餓社会に備えて保険行動を取っておこうかな。
まずは「プランタン農業」をパソコンで調べよう。

結局、やっぱり、パソコンかよ!

2009年6月13日(土)
鳩山総務相が辞任

鳩山邦夫総務相が辞任した。
鳩山邦夫総務相と日本郵政の西川善文社長の問題は分かりにくい。
日本特有のドタバタ劇と思える。
鳩山邦夫総務相が「正義の戦い」と言っている。
「かんぽの宿」を不当に安く譲渡しようとした問題で日本郵政の西川社長を悪者に仕立てている。
ニュースを見ていると鳩山さんに軍配を上げたくなる庶民感情が働くように感じる。
判官贔屓は日本人の特質なのだ。
西郷隆盛を引いて自身を西郷に重ねている。
郵政民営化賛成派と反対派の確執が背景にあって、それを理解しなければ問題は見えてこないのではないだろうか。

政治による郵政への干渉を許してはならない」との意見と解説が正しいように思える。

2009年6月12日(金)
株が上がってきた!

株も上がってきて、経済が上向きになってきました。
さすがアメリカです。
政策面で日本のバブルがはじけた時とは対応が180度違います。
日本の政策は対応がズルズルと遅れてなし崩しで、政策としては何もしなかった訳です。
アメリカは、積極的にもう一度バブルになるような政策を打ち出してきました。
インフレ政策で購買力を煽って、アメリカ国民は安くなった土地を買いに走っています。
日本の場合は土地はドンドンと値下がりするに任せていました。
政府がバブル潰しをしておいて、バブルが悪いような言い方で、あれから土地を値上りしないようにしました。
結果は失われた10年です。
国民に経済力はあっても、経済政策の無い政府を持つ国民は不幸です。
経済評論家も言う事はバラバラで、統一的でないどころかまったく逆です。
日本にはまともなシンクタンクがないのでしょうか。

2009年6月9日(火)
何気ない日常の価値は?

何気ない日常が過ぎてゆく。
込められた意味を見出せないままに、意識は囚われたことがらにかかわって無意味に流されていく。

大事な事があるはずだ。
なのに、私に与えられた時間を濃密にする事柄を含んでいるはずの時間が、流れていく。
これって、日常の日々を否定しながら、違う事を探しながら生きていることか?

今をどう生きるか?
常に突きつけられている命題を考えながら、頭でっかちになった思考は身もだえしながら今日の時間をうろつくのだ。

決まりきった毎日の仕事を処理して時間が過ぎてゆく。
なんでもない時間を大事に過ごすとは、どうしたらいいのだろう。

自分の中にやりたい事を探して現わしていく。
社会から要請されたことをキャッチしてやっていく。
その時、その時で、試行錯誤のように、答えが無い問答を解くように今を生きている。
不器用だなと自分で思う。


外は暖かくなって、虫が沸き立つようにいっぱい光に向かって飛んでいる。
あれらも一つの命。私も一つの命。
虫よりも私の命が重いとしたら、私の行動に虫以上の大きな目的や意味がなければならない。
私の行動や存在に意味などあるのだろうか?

疑問符など持たずに時代の中を駆け抜ける生き方をできればいいのに、いろいろと考えずにいられない。
選択肢が多いことは自由が多いこと。自由は取りとめなくなりやすい。
自分がしっかりしないと、自分が不安定になるだけで時代の規制があるほうが生きるのが楽だ。
「昔の人はいいな」となってしまう。
いろんな考えや生き方や価値感を知った上で、自分で一つを選んで生きていく。
それが今でも迷っている。
迷いながら、それを楽しんでいるなら、それもいいのだが・・。

2009年6月8日(月)
唾を吐きたくなる

この頃、よく唾が出る。
唾と言うのか、痰というのか、よく吐き出したくなってペッとやっている。
行儀が悪いと思いながら、口の中で絡みつくようで気持ち悪いから唾を吐いている。黄色い痰ではない。
原因は分からない。
昼に事務仕事をしながら、コーヒーやお茶の友によく甘いお菓子をつまんでいるのが原因なのだろうか?

現象は身体からの合図だと思うのだ。
だから自分の生活で悪いところを点検するよい機会だと捉えれば将来に有意義な時なのである。
そうは言っても、大食いと甘党を取ったら坊さんのような生活になるんじゃないだろうか。私の最後の悪癖なのだ。
毅然として捨て去るのではなく、いつもスッタモンダと自分に抵抗を繰り返してやっとその方向を向くのがいつもなのだ。
歳を経たら少しずつ執着しているものを手放していくのが、良い歳の取り方だと分かっているが、我欲が強くいつまでも悟れない我が身なのです。
我欲から超然と乖離した自分を夢想するが、いつになったら近づけるのか。
全ての煩悩をふるい落として、超然として立ちたいものだ。

2009年6月6日(土)
楽しんでいる人を見ながら考えた

今日は金沢でお祭りでした。
前田利家の入城の行列をやっていました。
屋台もいっぱい出ていて、すごい人出でした。

みなが楽しそうに歩いています。
私はもう屋台を覗いても、楽しいとか欲しいとか思う感情は湧いてきません。
楽しめたらいいと思うのですが、
「楽しそうにしているが、何が楽しいのだろう」
「楽しむ為には、どう楽しむほうがいいのだろう」
などと、楽しむための方法を考えてしまうのです。
2段構えだから、直接楽しめないのでしょう。

しかし、感情のままに行動するということは防げます。
人は4つの世界に生きているのだそうです。
物質の世界、感情の世界、心の世界、魂の世界だそうで、物質と感情だけを行き来しているだけの人も多いでしょう。
感情で受ければ直接響くでしょうが、心で受け止めて思考することも人の発展段階としては大事な事です。
私が年齢と共に獲得した方法をもっと進めて魂のレベルまで行って、人としての進化を達成したいなーと思います。

自分の感情に振り回されて、その時の気分で動いている人が多い。
明日はどんな日を送るか明日にならねば分からない人も多くいます。
それから見たら、少しは進歩しているだろうか?

2009年6月5日(金)
知識の裾野を広げて、ゴミ問題を解決!

不景気は底を打ったという日銀の話しですが、データーを基にしての分析でしょうが北陸の実感としてはそんな感じはありません。
しかし気分的に日本がこのまま停滞して沈潜するとも思えません。
日本の経済は民間が個々で能力がある人が多いし、努力もしていると思います。エコは日本の技術力によって達成されると思います。
エネルギーを浪費する社会から、循環型社会になるためには、日本のような一体型の価値感を持った高度な知価社会国家がリードすることになるでしょう。
各方面での多角的な知識を市民レベルの知識に裾野を広げて、誰もが手に出来る知識にしていく社会であらねばならないでしょう。
循環型社会は広範な市民レベルが動くかにかかっています。
スーパーの袋の有料化は殆どの市民が抵抗無く受け入れている状況です。
素晴らしいと思います。
まず解決すべきはゴミ問題から、リサイクル可能な製品を供給してゴミを減らすことです。
地球の将来がかかっていると思えば、頑張れるのではないでしょうか。

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