店長のつぶやき 下へ
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2009年7月28日(火)
昔の気になったテレビ

だいぶ昔、NHKの教育テレビで、理論物理学の若い研究者が話していた。
おおよその内容は、4〜5人の理論物理学者同士で列車で移動中の話で、現在の社会、いわゆるこの世と同時に11だったか、12だったかの世界が同時に存在する可能性が高いのだそうだ。
テレビの内容は、理論物理学者が列車で移動しながら、その時に理論物理学者同士が列車内で、話した内容を紹介していくものだったが、もちろん証明はできないし、学者同士が話した内容の紹介でしかないが、ずーーっと気になっているんである。

もし事実なら、あの世もUFOもすべて説明が付くからだ。
11か12かある世界がつながっていて、死ぬとは次に世界に移ることなのか?
もし連続していくなら、その人生に意味はあるのか?
人間が出発から不平等なのは何故なのか?
全体を理解して、今を生きれたらいいのだが、持って生まれた体と能力を使って理解しようと立ち向かうのだから、当然分からない事だらけなのだ。

2009年7月25日(土)
変革して、現状を打開せねば

現代日本は経済的にも政治的にも行き詰って、今回の選挙で民主党が政権を取って自民党政治の弊害を解決できるかです。
先は見えないけれど、自民党政治では展望が開けないから民主党にやらせてみようという社会の傾向と流れです。
民主党が消費税を上げずに、大胆な財政改革を断行して、財源を確保して社会を変えて欲しいです。

不景気は、日本社会に鬱や精神不安を引き起こしています。

政治を変え、官僚機構の縦割り行政を変え、中央から地方行政に変え、手厚い福祉が無くてもいいから、老後に不安のないいつまでも仕事がある社会を構築し、努力すれば夢を実現できる社会にして欲しいと思います。
試行錯誤し迷走を繰り返すだろう日本政治をシッカリ監視し、衆知を集め、日本が再生発展する枠組みを作っていかねばなりません。

2009年7月24日(金)
国民に主権がある国はいいなー

選挙期間中です。
国民主権で国民に決定権があります。
主権を持つ国民が正しい判定をくだせられればいいのですが・・・。
選んでもらう方は国民受けすることばかりをいいます。どちらの党にしてもです。
主権を持つ国民に、先生方は低姿勢で説明や解説をします。
国民の中には非常に権利意識が強くなって、雲の上の政治家をタメ口で悪く言います。
それだけ日本は平和で平等なんでしょうが、行き過ぎると権威が失墜して泥沼化するような気がします。
それも国の乱れに繋がるように思います。
振幅は行くところまで行かないと、反対側には戻って来ませんから批判と反省が出てきて国民主権の負の部分を認識できるでしょう。
日本ほど政治家が国民にペコペコしている国はないでしょう。
やはりそれだけ日本はいい国だ。
ジャーナリストが殺されたり、連れ去られて獄に囚われている人が世界にも隣の国にも多勢いる。
日本はジャーナリストと国民の天下だもの。
主権の王様国民がずり落ちることはないだろうか?
日本国民に政治危険予知を見通す眼があるだろうか?

2009年7月23日(木)
ロシアの大統領に抗議のメールを送った!

ロシアのメドベージェフ大統領に抗議のメールを送った。
そういうHPを利用しただけなのだが・・・。
最近のロシアの秘密警察のジャーナリストなどへの人権侵害はまったく憤りを感じる。
私は、ロシアが民主国家になることが、北方領土返還の近道だと考えているのだ。
ロシアが内側から変わるとは思えない。
民衆を圧政したら、ロシアが損失をこうむると分からせることだと思う。
今や、世界は相互に深く関わっている。
ロシアだけで存在することは不可能なのだ。
ロシアの為政者が早く気がついて、融和的な対外政策を取るように望んでいる。

2009年7月21日(火)
結局自分に向き合うしかないか

店に居る子は、それぞれ言いたくない過去があったり、悩みがあったり、精神的弱さがあったりと、どちらかと言えば自分に自信がない人が多い。
自信があるとは、問題とか迷いとかに答えを見つけられることだ。
こうしたら解決できるという方法論を知っているだけでもいい。
こちらから言われたらぐらつき、あちらから別のことを言われたら相槌を打ち、明確な自分の考えがないからふらふらしてしまう。
眠れない起きれない、生活のリズムが狂いっぱなしで不規則な生活に流されている。
こんな生活から、どう抜け出すか?
私はいろんな子と話して、その子のはまり込んでいるわだちを聞く。
その子は自分の問題でいっぱいで周りを観る余裕もない。
私は何人もの人の話を聞いて平準化でき、過去例もよぎるから、私ならこうするような思いは湧く。
しかし自分の問題として解決するのは、問題があるその子なのだ。
私ならこうするの解決法は私には当てはまっても、その子には無理なのだ。
結局、解決できずに狭い範囲でのた打ち回ることになる。
自分を高めることでしか、問題は解決しないのではないかと思う。
回り道のようだが、根本的解決は常に自分自身だから自分を変えることだ。

もっともっとと状況は私をせっつく、私のリソースは高だかこれだけなのに、あれもこれもと押し寄せてくるようだ。
そしていつのまにか状況は変り、新たな問題発生に気が付く。
今までいつもこれの繰り返しのような気がする。
はたして成長できているのだろうか?

2009年7月20日(月)
田舎暮らしを考える・・・できるか?

私が住んでいる金沢は42万人都市だ。
都市に住んでいれば、お金さえあれば快適な生活ができる。
近くに学校もスーパーもコンビニも病院も全てがそろっている。
だから快適この上ない。

田舎暮らしを考えてみる。
なぜかというと自分が田舎暮らしをできるだろうかと考えているのだ。
例えば能登の過疎地で土地や住宅は町や村が提供してくれると想定して、それでも生活をやっていけるだろうか?
田舎暮らしは全て自分で賄わねばならない。
野菜作りは当然で、地域の人とも関わって助け合わねばやっていけない。
冠婚葬祭などのイベントは自分ひとりでは何もできないからだ。
それに自然との関わり。都市に住んでいれば草のことや虫のことは知らなくても生活できるが、田舎ではそうは行かない。
学者の知識は要らないが、幅広い実用的な知識が必要だろう。
鳥の声を聞いて起き、野良仕事と畑仕事に精を出し。
森に分け入り、野草や茸を峻別する。
金にならなくとも、林住期の生活を夢想するのだ。
パソコンオタクの私が、自分の生活から一番遠いことを考えている。
頭でっかちで考えても実行を伴わない私だから、考えて終わる公算は大きいのだが、さてどうなることやら。
自分でも自分のことがまるっきり不明なのだ。

ただ自分という資源を、どこに活用したら世のためになるかと考えているのだ。
やはりヴェネチィアに精出すのが一番なのだろうか?

2009年7月18日(土)
衝動と流れに身を任せるのか?

例年なら、そろそろ梅雨明けの時期なのですが、今年の梅雨明けはいつなんでしょうか?
梅雨が開けて欲しい気もするし、開けないで欲しい気もするし、です。
うっとうしい梅雨は開けて欲しいが、うだるような暑さはいらないと勝手なことを思っているわけです。
暑くても、やはりいつも巡ってくる季節が来ないと嫌です。夏は暑いもの、暑いから夏だといえるのです。

薄着の季節、浴衣の季節は、若者の想像力を刺激して、若者の行動力のスイッチを押す季節。
恋の季節は間違いの季節。

アチラでもコチラでもミスマッチのカップルが誕生し、将来の暗雲を仕込んでしまう時期でもある。
女性なら、自分にとっての理想的な男性とはを問い詰め、どこまでの男性なら許せて、これは以上は無理だというものを持っていたほうが判断材料になる。
許容範囲以外の男性と付き合う効率の悪さを無くすることができる。

男性は特に女性の顔だけで判断しがちで、素顔を見て恋が終るのでは困るのだ。
女性は男性の収入や財産を計算して、計算だけで判断する傾向が強い。貧乏は嫌だというのは分かるが、計算高い女に引っ掛かった男は哀れだと思わないか。
心や気持ちの真ん中に、計算機やソロバンが座って金勘定しているのだ。

家庭を作り、子供を育てる巣を作るのだが、実際のところは瞬間的衝動に流されて将来を決定しているのだ。
理想も計画も展望もなく、仕組まれた女の色香に落ちていく無計画で無責任な若者で、夏の海辺はいっぱいだ。
自分の勝手気ままなスケベな衝動で、将来の自分が作られていくのだ。
性欲のスイッチを手なずけ、理性のしもべとしなければならない。

まぁ、無理だろうな。
だからヴェネチィアにきたら。
理性を取り戻すガスヌキになるよ。

2009年7月17日(金)
気分が浮かない時は

今日はいつもより身体がだるく感じる。
気分ものらないで物憂げな気分なのだ。
こんな時は、心を奮い立たせて物憂げな気分を吹き飛ばすことは出来ないのだ。心が奮い立たないから物憂げなので、全てかったるいのだ。
こんな時、自分で自分の感情を変えようと思っても難しいのだ。
唯一変えられるのは、行動なのだ。
まず動いてみる。
動きを続けている内に気分も変ってくる。
こういう方法論を知っているだけで自分の気分に沈む事はなくなる。
いつも快活に明るくいる必要もないのだ。
自分の気分は、自分が行動を変えることでコントロールできることを知ってさえいれば、自分の感情を有る程度ほおっておける。
ようは執着しなくて済むのだ。

2009年7月13日(月)
都議選、自民党大敗!

東京都議選は自民党の大敗です。
いよいよ解散総選挙です。
政権交代は間違いないでしょう。
失われた10年や、理想もビジョンも無く、目の前の対処療法に終始してきた今までの自民党政治に審判が下ります。
アメリカの追随をするだけで、政権担当能力がないのは、自民党政治でなかったか。
能力が高い真面目な官僚を使いこなせなかったのは自民党先生です。
中央から地元に利益誘導するだけで、世界の大きな動きに対処しているのは一部の人ばかりです。

政治家は能力のある多くの人を引きつけ、方向性を示せないといけません。
麻生首相も外交で頑張っていて、今までの総理の中では一番見劣りせずに安心して見ていられる首相です。
ただ日本の停滞を招いた責任は自民党にある。
麻生さんは自民党の最後の首相となるのでしょう。
少し、可哀想な気がしないでもないですが・・・。

2009年7月10日(金)
いつもいいことを考えたら、いいことが起こる

お金は誰もが欲しいけれど、やはりお金は身体と心が健康であって、その上であればいいなーと云うものだろう。
お金があっても、男に頼って生きるしかなくて指示されたとおりに動いて、お金を吸い取られる人もいる。
お金があっても、一瞬の快楽を求めてホストに入れ込んで、擬似恋愛にお金を散財してしまう人もいる。
誰もが自分のお金を、自分が価値あると思うものに使っているはずだが、お金を有効に使うすべを知っていたら、馬鹿なモッタイナイ使い方は出来ないと思う。

心は、自信なんてまったくなくて、その時の強い意見に引き寄せられ、別の人が別のことを言えばそれに振れてしまう。
しっかりと自分で考えることがなく、わがままな自尊心だけは強くて、自分の心を自分で御せないでいる。表現は癇癪になりやすい。

私なら、自分を作るのに精神に栄養になりそうな沢山の本を読むが、本を読まない人が自己形成するためにはどうしたらいいだろう。
今日読んでいた本のように、「いい事を考えたら、いい事が起こる」原理で、良い事をいつも考えて、悪いことを考えることを頭から消し去ることだろうか。

2009年7月6日(月)
地球を見下ろしてみたら・・・

自分の意識の中だけの話です。
想像力で、又は瞑想で、意識を、生活しているこの地上からどんどんと上に移動していきます。
上空から地上を見渡す高さよりも、もっとドンドンと高めていって、地球を見下ろす高さまで行って地上を見渡すつもりになる。
そうすると意識は優しくなれるのです。
気持ち悪い虫や蛇の種類でも、獰猛な小動物を捕らえる鷹でも、ハイエナでも、それぞれがその場に適応して生活していることを知りやさしくつつんであげれるのです。
その意識を持って、普段の生活に向かえば、余裕を持って対応できます。

自分だけの意識なら、そうして視点を変えることで自分の意識を変えることも可能です。
しかし他人の意識までを変えることは出来ません。
年代も経験も価値感も違う人が寄せ集まった店で、利害と疑心とねたみで揺れ動く心を持った人が、周りをどの程度許容できるかは定かではありません。
利害と疑心とねたみで陥りそうになる狭い意識のポケットから這い出るには、自分の意識を操作して宇宙から見下ろす方法は有効でしょう。
しかしあまりにどろどろとした粘着性の強い性質のものは、天上界から地上を眺めて帰ってきても地上に戻ればすぐに意識は捉えられてしまいます。

それはあたかも野生にいる虫は許容できても、生活に密着しているゴキブリなどは余裕を持って包み込むことは出来ないことと同質の気がします。

どちらにしても自分の心が静かで波立ってないことが、何にも増して必要なことです。

2009年7月4日(土)
人類は食物連鎖のくさりを絶て!

生命が発生し、進化の道を歩んで、人類誕生まで来た。
進化とは食物連鎖の食うか食われるかの世界で種族を繁栄させてきた強者が残ることに他ならなかった。
神も地球に生命を誕生させる為には、食物連鎖と言ういばらの道を生き物達に与えた。そして今人類まで来た。
人類も、今までの食物連鎖同様に強者の論理で、弱い生き物を食い尽くすのか、食物を残し捨てて肥満の身体をもてあまし、それでも食おうとするか。
これからは人間の食料は、栽培した野菜や養殖した魚や飼育した牛豚で、それ以外の、自然体系を壊す自然からの搾取は止めるべきだと思う。
食料は人間の身体を保持する最低限のもので足りる。
豪華な美食珍品の並ぶ食卓を人間は理性で拒否せねばならない。
粗食に甘んじ、自然からの強奪を極力無くし、人間以外の命をいつくしむ生活をせねばならない。
生き物達に食物連鎖の地獄を与えた神の意思が、人類と言う成果を得る為だとしたら、人類は食物連鎖のサイクルを人間までとして、人類以降は自ら生み出したものを食する生活をするべきだ。

人間よ!この地球を自らの手と知恵で平和な楽園に変えよ。

今日は、神の視点から書いてみました。

2009年7月3日(金)
水商売での先輩後輩の難しさ

水商売では若い子がもてるし若い方が指名が多い。
入店したばかりの子が分からないなりに新鮮で指名が多い。
だから水商売では先輩になればなるほど、指名が少なくなって肩身の狭い思いをする。
長くいればなじみのお客も増えて指名が増える方向もあるが、お客は若い子が良くて知らない子と遊びたがるのが男の心理だ。
新しい子ばかりを呼ぶお客さんも多いのだ。
長くいればいるほどに自分を指名してくれたお客が新しい子を指名することも多く目にし、自分の心を制御するのが難しく、お客もあいつがいるから行きにくいと店から離れることもある。それらの複雑な心とお客さんとのしがらみも多くなり、お客さんとの関係を維持することも並大抵ではない。
年長者だからといって、若い人に訓示を垂れる環境でもない。
年長者というだけで人生訓を言っても店の成績が伴わないと何の重みも無い。逆に疎んじられるだけである。
一般社会でも今や水商売社会と同様な現象になってきた。
年長者はパソコンが出来ない。周辺機器のマニュアルを読んでも理解できない。若者は短時間の内に収得していく。
変化の激しい時代にあっては、年長者が敬われることはない。
時代に取り残され、若さと肌の艶とを失って老いていく失意の時を送っている。年功序列の良い時代は今や昔となった。
ヴェネチィアはずーーっと前から年功序列は無くなっていた。
ずっと前から成果主義でやってきている。
それを理解していない人もいるんである。
演歌の時代はもう終った。

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