店長のつぶやき 下へ
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2009年10月31日(土)
縮小経済での政治改革

日本中、いや世界中が、経済的に大きく縮小しています。
リーマンショック以来の経済不況、大量の失業者、新型インフルエンザの脅威、失業者や生活保護の増加で増える国庫財政負担、経済活動は縮小せざるを得なく、新しい産業は簡単には起業できそうにない状況。
自民党の動きは、民主党の官僚政治改革に、官僚の手先のように、改革を潰そうとする動きのように見えてしまう。
自民党が反対するほどに、自分は改革をやれなかったくせにの思いが膨らむ。
日本の政治が変わろうとするいま、期待を込めながら応援する。

オバマさんになってアメリカの政治も変わった。
日本も民主党になって政治が大きく変わった。
省庁ごとの縦割行政をいかに変えていくのか、懸案は山積だが情報開示して、自民党とアメリカの秘密取引があったなら白日の元にして欲しい。
郵政改革の人事に官僚を持ってきたのは、おかしいし改めるべきだが、民主党じゃない人が決めたことだから意思疎通がうまくいっていないのだろう。
いっぱいある外郭団体に使われる税金をなくして、天下りと税金の無駄を無くし、省庁の仕事をスリム化して、読みもしない白書はなくして、人件費を削り、産業や雇用を創出する予算は増やし、役所の許認可は少なく簡単にして、手続きを簡便にする。
大改造に民間の力やボランティアの力を借りて、国民に見える形で議論を巻き起こし、政治を熱っぽく語る国民を増やし、しらけムードを一掃する。
日本を元気にするには、国民のやる気と熱気を掻きたてることだ。
形式や肩書きに庶民はうんざりしている。
大先生が決める事で無く、庶民の俎上にあげ、テレビ番組でどんどん議論するのはうれしい。
日本国民がお笑い番組よりも、政治番組の視聴率が高くなったら、大きく日本は変わるだろうにと思う。

2009年10月29日(木)
悪いニュースばかりだけど・・・

いろんな悪いニュースばかりが飛び交っています。
自分自身が余り暗くならずに、社会現象に惑わされる事無く過ごす事が大事だと思います。
悪いニュース以外は、良いことばかりだと考えたらいいと思います。
ニュースは異常なこと、普通じゃないことがニュースになるので、良い事はニュースにはほとんどなりません。

良い人はいっぱい居て、善行もいっぱい行われています。
しかしニュース性からは、当たり前で弱いのです。
ボランティアにも、NPOにも多くの人が参加しています。
会社でも地域でも、率先して周りを清掃したりする人は多いです。
テレビのニュースになるのは、非道な殺人や、嫌らしい振り込め詐欺や、不幸な火事などです。

ニュース以外は良い事ばかりだとしたら、日本社会を悲観する事はありません。
ほとんどの人は、今を一所懸命に生きていて、少しずつよくなっているのです。
ただ時間の経過と共に状況は変化していって、新しい問題が起こってきて、それに対応する繰り返しです。

社会が変化すれば、問題の内容もまったく違って、今までにない問題に対応しなければなりません。
常に変化を促されているのが、人間社会です。
江戸時代、明治、大正、昭和、平成と進むほど、変化の時間も加速度的に早くなっています。
時間に追いかけられ、時間に管理され、自分を見失って評価を金の大小や他人に求める人など様々です。
自立し、判断の支柱を自分の明確な論理性にある人は少なく、迷い探していつも勉強の社会、生涯学習と言われるゆえんです。
社会は常に自分を映す鏡、自分に合った社会に被写体は移動して、ふさわしい鏡の前で自分を映す。
日本と言う島国の中で、他人との違いを強調し合っている、同じ人々の集団のよう。
足元を見つめながら、自分のペースでゆっくりと行きますか。

2009年10月24日(土)
セミナーや講演会が好きです

私はセミナーや講演会が好きで、無料のものは特に好きで、新聞を注意深く見ています。
講演会はただ聞いているだけで、本を読む必要もなくて知識が講演者から私にコピーされるのですから、ただ座っているだけで楽な上に、私の前で何度も吟味したであろう話を、一生懸命に練習を重ねたであろう話を、熱弁をふるって私に説明してくれるのです。
私にしたら、聞きに行かない人は何故なんだろうと不思議なくらいです。
探せば結構有るもので、昨日も行きました。
今日も500円の有料でしたが行きました。
明日は朝の10時からあります。
新聞紙上で大抵探します。

私の頭の中のコピー機の性能は、機能低下で鮮明にはコピーされないかも知れませんが、回数を重ねる事でカバーしようといろんな会場に出没しています。

この世は、自分の思考が現実化しているとしたら、自分の思考こそを鍛えるべきだと思うのです。
自分が望まなければ、セミナーや講演会に行くわけもないから、行こうと決めた私が発端で、私の今日の人生が形作られ、今日の経験を堆積して、明日の意思決定をします。
その循環のサイクルが私の人生で、金持ちでなくても、おしゃれでなくても、立派に見えなくても、私の心が平穏で小さな幸福感に満たされていれば、私は幸せなのです。

今日も帰ったら、新聞紙上を眼を皿にしてくまなく無料の講演会を探します。宗教もの以外は何でも行きます。宗教でも仏教とGLAはOKです。
面白いものがあったら、教えてくれたら感謝です。

2009年10月23日(金)
経済が上向くのは簡単だと思うのだが・・・

今の日本は経済がガタガタで、バブルの頃に比べて税収も半分ほどらしい。
資本主義経済と云うのは、皆がよくなると思えば上がり、皆が悪くなると思えば下がる、そもそも資本主義経済がバブルなんだから、将来予測見込みがプラスと思えば経済が沸騰するわけだから、政府の仕事は経済が活況を呈するように、規制の枠を撤廃していけば経済は上向くのだ。
政府の役人は、バブルを規制しようとする空気が社会にあっても、経済にまでも手を突っ込まなければいいと思う。

日本経済を活況にさせるには、土地抵当主義を復活する事だと思う。今現在は土地を担保にしては銀行から金を借りる事は出来ない。政府がバブルを警戒して土地担保にするのを禁止しているためだ。
不動産収得税も土地の値上りの足を引っぱっている。
担保に使えないためと、不動産収得税が高すぎるためか、土地は右肩下がりで下落し続けている。
不動産と云う抵当物件があっても、銀行から資金を借りれない中小企業は青息吐息だ。
資金を借りれずに黒字倒産した企業には、土地建物はいっぱいあったはずである。
銀行も不動産と言う一番確実なものを抵当と見れないから3期分の貸借対照表損益計算書を出してくれとなる。
この不景気な時期に、貸借対照表損益計算書が良い企業などあろうはずも無い。

偉い先生方がどうしたら経済が上向くかなど、先刻ご承知のはずである。経済ブレーキを利かせっぱなしにする意味は何故なのか?
やはり日本の政治家の中には、アメリカや中国の意向を受けて動いている政治家が多い。と、思われても致し方ない気もするナー。

2009年10月18日(日)
農業の将来が危うい

あと10年もしたら、日本から農業はなくなるという。
若い人は農業を継ぐ人がいなくて、都会に出てしまい過疎化になって、農業地帯の地方は65歳以上の高齢者ばかりになり、若い人の専業農家は皆無である。
地方の伝承された古いものはいいと言うが、誰もやろうとはしない。地方の文化は壊滅状態にある。


石川でも農業高校は無くなって、農業らしいのは1学科だけなのだ。
一年「たったの40人で石川の農業を支えていけるか」、と農大の教授は嘆いていた。
「農業者だけが日本の食を守っているんじゃない、日本人皆が農業に理解を示さないと農業が元気にならないんだ」と言う。確かにそうだと思う。
農業が儲かる産業なら、若い人も意欲的に取り組むだろうが、トラクターや耕運機のローンを払い、肥料代、種苗代、殺虫剤代などを利益から引くと自分の人件費分も残らないとなれば勤めに出て、農業は朝と土日で済ます兼業農家が大半になってしまった。
かたや韓国では、若者が日本の農業理論を勉強して収入を月50万ほども上げているのだそうだ。
日本の農業と食をどうするのか。このままでは農業が世代で継承されずに廃れていくばかりになり、日本から農業が消えてしまう日も近い。
昔、農業は人手が多勢必要な大家族形態だった。
今は機械化されて省力化になり、農家も核家族化している。
昔は皆と同じ作業をやっていれば農業がやれた。
今は作る品種も色々で、インターネットで調べて作るものを変えていく人もいるし、販売もインターネットで直接販売が増えている。

長ったらしい「関税および貿易に関する一般協定」と呼ばれるGATT(ガット)、を日本は批准して自由貿易協定(FTA)を多数の国と結んだ。
この関税のない自由貿易協定によって日本の農業は打撃を受けているわけだ。
農業は国にとって特殊な産業だから、障壁もやむを得ないとの意見もあるが、日本が農業に障壁を作れば他国は車や工業製品に障壁を設けるだろう。

取るべき政策としては、農業を保護し援助することだが、いかんせん日本の現在は財政破綻状態で余裕がない。

食料自給率アップのためには、地産地消を意識的に選ぶ意識が国民に起きないといけない。米や野菜はもちろん魚も日本で捕れたものを選ぶことで日本の産業や経済を活性化し、ひいては自分の仕事も活性化するのだ。

2009年10月16日(金)
小松大和が閉店だって

小松大和が閉店するのは残念です。
消費者が買い物するときは、郊外型の大駐車場がある店に行きます。
小松駅の横の立地は大都市ならいざ知らず小松の片田舎では乗降り客も少なく通勤の人だけが乗降りするだけで、電車に乗って大和に買い物に来る人はいません。
金沢商工会議所の代表を長く勤めていたばっかりに、小松市長や県知事に頼まれて乗り気じゃなかったのを引き受けたことが、こんなことになった。
西武が閉店して、税収が減るからといって、大和に頼んだわけだ。
宮太郎氏が商工会議所会頭をもしやっていなかったら、西武が投げ出したところなど即刻断ったはずである。
商売人の判断は商売がうまくいくかだけを考えて、赤字になるのを解っている店にエネルギーを注ぎ込むべきではない。
行政側も自分の都合を強く言わない事だ。需要と供給の利益商売に行政が首を突っ込むとあとにしこりが残る。

日本の場合、商売のルールが複雑のような気がする。
デパートにしても、規制があってスーパーのようにはできないんじゃないかと考えてしまう。大手のデパートが次々に消えていく。
デパートが潰れるのも、一市民から見ると、規制や官僚のせいに思えてしまうのだ。

2009年10月15日(木)
新型インフルエンザに過敏じゃない?

新型インフルエンザをニュースで盛んに言っています。
帰ったら手を洗うようにしていれば、新型インフルエンザもあまり怖くないと思います。
飛沫感染は、クシャミや咳き込んでいる人の2m以内に近づかなければ感染しないから感染の恐れは少ないでしょう。。
もっと危険なのが、保菌者の人が菌の付いた手でドアに触れば、そのドアのノブを触る事で菌は拡大します。
例えばコンビ二のドアには多勢の人が触ります。
ドアに触った手で鼻を触ったり、果物の皮をむいたり、パンを掴んで口に運んだりで感染します。
それを防ぐには、帰ったら手を洗う、食品を触る前に手を洗うを絶えずやることです。石鹸で万遍にキレイに洗えば一番いいでしょうが、回数を多く洗うには水洗いだけでいいから、絶えず手を洗い清めることです。
もちろん、始終アルコール消毒をするに越した事はありません。

当店の場合は、滅菌消毒した布おしぼりやアルコールがしみ込んだおしぼりを使って、絶えず拭いているのでみなの手が清潔です。

パンデミックと言っても、1億3千万人の人口から、新型インフルエンザの感染者数を考えると、点のようなものです。
あまり報道に過敏になる必要は無いように思えます。

宝くじに全く当たらない私たちですから、新型インフルエンザにも当たらないように思えます。
新型インフルエンザになったら、すぐに宝くじを買いに走りましょう。
1億円当たるかも知れません。

2009年10月10日(土)
思い出せない!大丈夫か、脳は?

周りで記憶力が落ちたと表現するより、忘れっぽくなったというより、記憶が欠落したと言ったほうがピッタリのことを聞く。
今日も私の知人の話で、「会った人にお久し振りですね」と挨拶したら、「何を言ってるんですか?昨日会ったじゃないですか」と言われて、そう言われてみると昨日会っていた事を思い出した。という話を笑いながら言った。
笑えないゾーっとする話である。


今、アルツハイマーと書こうとして、アルツハイマーの言葉が出てこなかった。
私も知人に近い状態だといえる。
アルコールを飲む人は、飲まない人よりも脳が萎縮していると発表されている。禁酒したが、集まりで飲まないと盛り上がらないと集まりと休みの日だけ呑む事にしたりと、色々と変えている私だが、こういう情報をネットで目にすると、やはりアルコールは止めるかと禁酒の方に傾く。
適量のアルコールは血の巡りが良くなって健康に良いと言われてきたが、脳の萎縮の検査結果では、アルコールを飲まない人が一番良くて、飲酒量に多くなるにつれ脳が縮小していたというのだ。
脳の本を読んだ時は、脳の血流量が少ないと物忘れがひどくなると読んで、血流を増加させるためにも運動を欠かせないと、ことに力が入った。

老化と一くくりに片付けたくないのだ。
歳よりもズーっと若い人もいるし、私と同年齢でも、スーパー記憶術で一度見ただけで50もの名詞をスラスラと言う人がいる。

ただそういう人は常に鍛錬している。
その道には、その道の方法がちゃんとあって、鍛錬方法を学びさえすれば私にだって出来ないことはない。
ただ私は、あれもこれもと手一杯で忙しすぎて抱えきれないのだ。
しかしことは急を要する。私の能力をフル動員して、禁酒や記憶術に挑戦せずばなるまい。
脳の縮小は不可逆性なのだ。

2009年10月9日(金)
パソコンなどへの適応力

社会への適応力で考えると、携帯電話やパソコンなどへの適応はもちろん、仕事の中でVBなどの言語を使い仕事を自動化省力化する仕組みを考える事など、頭脳労働での能力差が大きく出る。
簡単なところでは、事務の仕事ではエクセルが使えなかったら仕事にならないし、文章を書くのにワードを使ったことがない事務員など居ないだろう。
帳簿にしても、今や弥生などへの入力がほとんどで、帳面に記帳するのは現金帳くらいなものだ。
私などは、現金帳は適応欄に使った品名などを書き込むことに使い、数字は計算間違いを避けるために、エクセルに入力して現金と数字をあわせる。
今や帳面だけの簿記会計は皆無になった。
どれだけ使いこなせるかはパソコンの知識の幅広さと相まって、一つのソフトだけでも深さはいくらでも深いのだ。
付加価値を生み出すためには、腰を落ち着けてじっくりと取り組む必要がある。仕事の内容に合わせるように、パソコンやソフトを掘り下げていく指向性を要求される。
インターネットとメールだけでは、パソコンを使えるとは言えないよ。
だけど自分に合わせてパソコンを使えばいいだけの話だから、追及するしつっこさがあればなんでも大丈夫だ。
ようはオタクになれってことだ。

2009年10月8日(木)
台風が過ぎました

台風18号が日本の大気を攪拌(かくはん)していきました。
よどんでいた空気も、空に舞い上げられて、森の酸素と出会うことになります。
人間も日常を打破するように、いろんな事が起こります。
日常が平安だけなら、緊張の無い弛緩だけのダラダラした生活になります。
それを防いでくれるのが、マイナスを伴った出来事です。
いつも背筋をピンと張っていて、心構えで自己管理できればいいのですが、人間は弱く、眠気に襲われたり嫌になったりふてくされたりと、マイナスの感情に自分が侵食されることも多いです。
台風は、そんな個人のよどみも吹き飛ばしていきます。
人間は自然に対して、神に対するように、恐れおののくしかありません。
絶対的強権的な存在は、怖くも頼もしくもあります。
台風が過ぎると、「あぁ、地球は生きている」と思うのです。
人間のぶに伴った生き方、上を目指しながらも、生活は下を向いてコツコツと一歩一歩歩むことを身上とすべきです。
バブルの時は派手に消費して、不景気になったら鬱になって自殺を考えるようでは、余りに状況に影響を受けて自分と言う主体性がない。
周りの状況が良くても悪くても、いつも確実な一歩を踏み出す主体性を維持していたいと思う。

今日も台風の後、いつものようにヴェネチィアを開けて、お客さんを待ちます。
主体性を持って、いらしてください。

2009年10月6日(火)
プランターの野菜が大きくなりました

種から育てた野菜が大きく育ってきました。
プランターだから、はみ出すほどに大きくなって、狭そうにしています。
こんなに大きくなると思っていなかったから、プランターに苗を多く並べて植えたのです。
キャベツや白菜は3つもあればプランターいっぱいになります。
どうしよう、今から植え替えると野菜の方はたまらんと思うし、ギスギスなのもかわいそうだし、読みが足りなかった私のミスです。
どうしても欲張っていっぱい植えたくなるんです。
ミズナはもう私の食卓を飾っています。
やはり新鮮でおいしいです。
自分が作ったものは、特別いとおしくなります。

大きな野菜を作れる人は尊敬しますね。
肥料や殺虫剤をどうしているんでしょう。
解らない事だらけで農業をやることは試行錯誤の連続なんでしょう。
山に近づくほどに、病害虫だけでなく狸などの獣による被害もあるから、農業をなりわいにするにはリスクが高すぎます。

しかし土に親しんで生活するのは、人間の安定を生むような気がします。
精神の浄化にいいのです。
「車輪の下に」を書いたヘルマンヘッセは、庭仕事を楽しみに晩年を過ごした人でした。「庭仕事の楽しみ」を読んだことがあります。
そのとき私は、庭いじりなどまったく興味がなくていました。
だがヘッセを読んで、土に親しむ生活に望郷のような憧れを抱いたのを覚えています。私が、今回急に思い立つように野菜作りを始めたのは、遠くはヘッセの影響があったかもと思います。

農家の人には及びもつきませんが、少しでも生産者に近づいて日本の農業を応援するところに立ちたいと思います。
土も海と同様に、すべてのものが産まれくるところです。
微生物などが働いて、ミミズが土を作って、作物が土から栄養分を光合成の力で吸収して大きくなります。

私は野菜から、土と太陽と水の恩恵を受け取っています。
私の中に入ったエネルギーは、地球のエネルギーそのものです。
だから、私は地球のためになろうと思うのです。
地球を敵に回したら、論理的に合っていないのです。
地球がなければ、私も存在できないのですから。

2009年10月4日(日)
夢のまた夢

気づけば早くももう10月、月日の経つのが早く感じます。
一所懸命に生きているかと問われれば、自分の胸に手を当てても必死とは言えない、それどころか時間の流れるままに、業務に忙殺されて、忙しくコンベアーの上を流されている気さえします。
生きる事に、色んな人生論や本を読んでいるわりにまごつく事が多くて、ただ生きて味わってゆっくりと鑑賞すればいいのにと思いながら、成功論を読んでは熱くなったりと、心の起伏も多くあります。
その起伏をこそ味わわねばならないのに、心では太平を望み、眠りこけそうになる心を出来事が揺り動かします。
セミナーに行っても、大事な話だと思いながら、襲ってくる眠気に心は曇り、話は耳には届いても脳には届かずに消えうせます。
奮い起こそうとする何かの働きがあっても、私の意識は眠りこけたいほうに傾き、そんな私に覚醒する働きは呆れているかも知れません。
本を読んでも遅々として進まず、同じ行を目が意味も無く追ってゆく。
一度で頭にすべてが入り、すべての時間を自分を高めることに使えたら、もっと多くのことが成せるのに、同じところに足踏みを続ける自分自身と付き合って長く経つ。
数日前に届いたパソコンをまだ箱も開けていない。
私の性格のせいか、そのくせ何にでも手を出して多くを抱えてしまう。
今日も図書館でいっぱいの本を借りてきた。
読めない量を借りてどうするんだと思いながら、興味のあるものは一応借りてしまうのだ。読めなかった本を持って図書館に行き、新しい本も更に加えてまた借りてくるのだ。司書の人も私の奇行に気づいているかも知れない。
今も読むべき本を10冊以上借りている。だが読む時間がない。
唯一の読書時間は風呂の中と、銀行の待合室。

万巻の書を読破して知の巨人になりたいものだ。
知識を持って、今の社会の解析をして、次の成功モデルを作り上げたいものだ。夢の中で見るもう一つに夢くらいの話しかな?

2009年10月3日(土)
忘れっぽくて困る

この頃忘れっぽくて困る。
今日も鍵がどこに行ったかと、長い事探して解らずにまた借りにいった。
名詞が出てこないのはしょっちゅうだ。
絵は頭の中に映像として浮かんでいるが、なんという名前だったか出てこないのだ。
今日出てこなかった名前は「養命酒」だった。

養命酒を買おうと思って、覚えにメモしようと名前を書こうとするが、瓶の映像はでてくるが、名前が出てこない。

気の持ちようだろうが、養命酒を飲むと体温が上昇して免疫力が上がるような想像力が働いて、飲んでいるのだ。身体に悪くはないだろうからいいかと思っている。
ノニも飲んでいる、こちらは原液が高い、一杯数百円につくから朝起きて洗面を済ませた後の、食事前に飲む様にしている。
身体が、すぐに血液に取り入れようとする、空腹時のときに飲む様にしている。
血液がきれいにサラサラになるようにと願っているのだ。
近いうちに血液検査をしようとおもっている。
血液のサラサラ度と血管の強度が上がっていなければ、飲むのは止めるつもりなのだ。結果を求めて検査をして確認するところまで、普通の人はやらない。
私はしつっこく原因と結果の因果関係を知りたいのだ。前の検査では全然良くなっていなかった。
「飲み方が悪いんだよ」と、起きてすぐに飲むことを勧められた。もうだいぶお金と時間をかけている。いい結果が出てくれないとこまる。


タバコは吸わない、好き嫌いは無い、運動はよくしている、まだしてないのは玄米食と断食くらいなのだ。前の検査では、血管年齢が歳相応だったのだ。
私としては、歳相応は受け入れられない。10歳は若くならないと嫌なのだ。

しかし、この忘れっぽさは歳相応より進んで居るかも知れない。一抹の不安がよぎるのである。
それで健康にいいものに走っているが、甘いものは相変らず食べているのだ。

2009年10月2日(金)
NPO フードバンク石川

一人住まいの人がいます。
母子家庭の人もいます。
DVで逃げてきたひともいます。
働けない人もいっぱい居ます。
仕事が無い人も最近は多く居ます。

収入がないと生きていけません。
家があれば電気料や水道料は生活保護を受けれれば、払えるでしょう。
後は食べ物さえあれば生き延びていけそうです。
石川にもNPOフードバンク石川ができました。
困窮している人や子供が沢山居る人は登録しておけば、企業から賞味期限の近づいたものや、農家から曲がったキュウリや、痛んだり規格外だったりして売り物にならない野菜や果物、新米がでれば古米が無料でもらえるかもしれません。
日本の中にも飢餓状態に居る人が多く居るのだそうです。
ちょっとした善意で、誰もが困らずに生活していけるのなら、年末になって刑務所に入りたいがために捕まる事をして、警察にいく人が減るかも知れません。
社会の税金でのセーフティネットだけでなく、企業が売り物にならなくて金を出して焼却処分にする食べ物を、困っているところに届けるだけで、「もったいないが、ありがたい」に変ります。
この運動を大きく広げていって、石川が食料で困る人がなくなる地域にしていきたいものです。住みやすい石川県にするためにも多くの人の善意を必要としています。時間のある人は時間を、お金のある人はお金を活動に役立てることができます。

NPO フードバンク石川 076-249-0300(津田)

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