店長のつぶやき 下へ
下へ
2010年10月31日(日)
安全をセールスに、日本国籍を外国に売ろう

アメリカでは、メキシコからの移民問題で、夫は強制送還や逮捕され、貧困からバラバラになった家庭の子供が浮浪児になり、新たな社会問題になっているそうだ。

日本で、これらの不幸な子供を生み出すことがないように、移民問題も、セーフティネットも、多方面に渡る問題を総合的に、大人の私達が考えていかねばならない。

人口が減少していく日本で、移民問題は今後大きな問題となるだろう。
現在も、ブラジル人、中国人、韓国人は日本に大勢いて、店にも1日に数人はくる。
ブラジル人、中国人、韓国人は顔が同じだから、話してみるまで相手が外国人であることが分からない。

文化や価値感の多元化が及ぼす社会の混乱は、個人が柔軟性を持って相対(あいたい)することができる人ばかりでない。
移民問題は、日本の底辺層の弱い人たち、高齢者や女性や単純労働者の仕事を取り上げる。


移民を受け入れるのに、外人の貧乏人ばかりを入れては、日本人の仕事が無くなる問題がある。

移民を受け入れるなら、金持ちを入れればよい。
日本は安全な国で、高い塀も警護の人も必要ない。
日本は、金持ちからしたらお金を出して国籍を買えるものなら買いたいのだ。

日本国籍を収得するのに、権利金として夫婦二人で2百万ほどもらえばよい。家族が1人増えるごとに百万円。
逆に言えば、2百万持っていない外人は、日本に入ってこれないようにする。
国家財政の赤字解消に役立つはずである。

高学歴者を優遇する制度で入国を認めるのもよい。
各国のトップの大学を卒業した証明書と、偽造でない証明のための簡単な試験を受けさせる。

外人の金持ちは仕事を生み出す側になる。
外人からしたら、安全な日本に住むことはステータスにもなり、日本の価値が上がる。

移民問題が日本で大きな問題になる前に、金持ちの外人には国籍収得の門戸を充分に開けておこうというのが私の今日の主張なのだ。

2010年10月30日(土)
家族や地域のつながりはどう変わる?

今日は、「里親を考える集い」の講演を聴いた。

男の私が里親になるのは無理だろう。
イメージとしては、肝っ玉かあさんのような明るく頼りがいのある母親役が必要だと思う。
男親は、こんな時あまり役に立つイメージがない。

以前、福祉の本を読んだ時に、年寄りのグループホームが多く存在しているが、子供のグループホームのように、7,8人の子供を預かって、朝から忙しく炊事や洗濯をするお母さんが載っていた。

それがイイナーと思った。
多くの子供に囲まれて、苦労も多いだろうが楽しいのじゃないかなと、思ったのだ。
私も「子供のグループホームをやりたいなー」、「できたら良いなー」と、漠然と思ったのが、講演を聴く下地にあったのだ。
一番目の父親になれなくても、二番目の父親になれたらいいなーと思う。

現代は、旧来の家族形態が崩壊していると云われる。
母子家庭、父子家庭、離婚家庭が多い。
一人で住んでいる人も多い。

田舎の廃校になった学校を町から譲ってもらい、インターネットで賛同した人達20人ほどが一緒に住んでいる年配グループもある。
年配の人たちだから、色んな専門化がいて、農業は○○が先生、大工は○○が詳しいと和気藹々(わきあいあい)とやっている。
各自の個室があり、全員が集まるホールがあり、孫が遊びにきたら皆で迎えるイメージなのだ。
私は本で読んだのだが、そんな人生の選択がすばらしいと思った。

自分の選択の範囲の中で、どんな将来を描けるだろう。
家族をもっと大きなくくりで、インターネット社会で考えると、どんな繋がりが考えられるだろう。
昔の日本は村社会で、子供を村の皆で支えていた社会だった。
その遺伝子まで、崩壊したわけでは無い。

現代社会は、昔の形態をそのまま継続するだけでなく、新しいつながりと新しい形態が試行錯誤され生まれてきている。
そのためにも、個人の独自性と協調性、まさにその人である光る物が求められているのだと思う。

2010年10月29日(金)
日本の閉塞感を打破する道は?

日本の社会は、閉塞(へいそく)感が蔓延(まんえん)状態です。
なぜ閉塞感が解消されず、どこからこの状況が起こっているのか。

日本は立法社会で、法律で事細かにとり決められて、毎回の国会で新たな法律を審議し施行されます。
法律は、関係する方面の指針となって機能するわけですが、ほとんどの国民は関係なく生活を送っています。
一般大衆は、国会で決まった法律などまったく知りもせず、仕事で関係するところは講習や勉強で知らねばなりません。
法律がある方面の仕事は、法律を理解しなければ何もできません。それは一面バイタリティを()ぐことにもなる社会です。血液の流れが経済なら、要所要所の法律は理解しないものへのボトルネックとなります。

日本の国民意識は、車も燃費のいい車に乗り換え、燃料を垂れ流すアメ車を乗り回す人は、良くも悪くも白い目を向けられる空気が支配する社会です。
環境問題も、Co2削減意識は、法人から個人まで徹底することはもちろんのこと、買い物にはマイバックを持参し涙ぐましい努力をしています。


かたや隣りの国は公害を垂れ流し、環境破壊と引き換えに、安い製品をどんどん生み出しています。
利益を生み出すためには、安全と環境破壊を引き換えに、なんでもありでやってきます。

日本が、いつまで訳知り顔の紳士でいるつもりかと、国民の間には不満が充満しています。
歴史は、同じ事柄でも見る国によって違って当然だから、日本は日本の史実に(のっと)った歴史をまとめ、国民に教えて欲しいと思います。

日本人が、自信とアイデンティティを取り戻すには、正しい歴史を学び、民族の英知と苦労を知ることです。

閉塞感を打破する特効薬は、自信を取り戻すことです。
過去の戦争責任が、すべて日本側にある太平洋史観を、史実によって風穴を開けることこそ急務です。
小沢問題で騒いで、人民裁判なみの、民主主義にあるまじき体をさらすのは恥ずかしい限りです。
「疑わしきは罰せず」との法治国家を捨て、中国の人民裁判を彷彿(ほうふつ)させる諸行(しょぎょう)は、何たることだと思います。
政治家は、政治で決着をつけるでしょう。

閉塞感のもう一方の原因は、資本主義経済に参加しているのに、中国だけが、資本主義経済の取り決めのルールが違うということです。
世界経済に参加するのであれば、ルールを同じくして各国と協調せねばなりません。
情報を国民に知らせず、一党独裁で選挙をせず、反日という敵を作ることで国内問題の眼をそらすやり方は、世界の反感を買っています。

2010年10月28日(木)
自分の健康、どう守る!?

誰しも、中高年になって、病気になるのはいやだ。
しかし、年齢を重ねるごとに、癌、糖尿病、高脂血症、高血圧など諸々の病気と向き合うことになる。
誰しも、親が持っていた病気には特に気をつける。
受け継いだDNAで特定の病気が出やすい。

DNAなら仕方がないが、生活習慣で病気になりたくないと思う。

私は、タバコを吸わないのは当たり前、アルコールも卒業し、甘いお菓子も買うのをやめた。
運動は毎日なにがしかとやり、腹8分目を心がけ、水を飲むことを心がけ、ありがとうの言葉を多用し感謝をする。
睡眠はできるだけ早く床について、十分な睡眠時間をとるようにしている。
水泳で呼吸を長くはくようにして、心肺機能を高めている。


健康の要諦の食事、水、排泄、呼吸法、運動、睡眠、心(笑い・幸福感)の7つは自分の中では完璧だと自負している。

自分でできる健康法は何でも実践して、国の保険料の負担となるのを避けたいと思っている。

ヘビースモーカーでアル中で、運動は嫌いでメタボで、肉食で便秘で、宵っ張りで皮肉屋で、文句は言っても感謝せず。
自堕落な生活で病気になって、医療費をしこたま使い、国の保険料を圧迫して欲しくない。
初めから不治の病なら仕方ないが、生活習慣で税金を使うなよと云うのが、健康面を気遣っている人の気持ちである。

しかし、公式通りいかないのが人生だ。
一合の酒を生活習慣にして、百の坂を超えた人も多い。

これから人口の山の団塊(だんかい)の世代が老齢化に向かう。
団塊の世代がどれだけの医療費を使うか、健康で過ごすかは、国の将来の明暗を分けるといってよい。


国もタバコを値上げし、飲酒罰金を高額にして、ジムなどの健康産業を増やした。
私のように先行して行う人ばかりではない、国の思惑(おもわく)通りに個人は動いてくれない。
タバコは、値上げの少ない「いこい」や「バット」に格下げして、酒はもっぱら家で飲む。
庶民は安きに流れるのが相場というものだ。

庶民は、健康を害してから、あたふたと「まだ死にたくない」とあわてるのだ。
病気を避けるためには、健康なときの過ごし方が大事なのだ。
健康なときに、節制のある生活ができるか、できないかなのだ。
老齢になって、病気になってからでは、70%は失っている。
残り30%で、なんとか持ちこたえる努力をするだけだ。
病気になってからのあがきは、医療費の高騰を招く元を作っているに過ぎない。

同じ努力なら、70%失ってからではなく。
今からやったら!?

2010年10月23日(土)
人生はなんて不条理なんだ

人生では、急に病気が見つかって、「何で俺がこんなことになったんだ」と、自分の不幸を嘆く局面に、いつ直面するかもしれない。
人生とは不条理で、うまくいかないものだ。

幸せな人は、悪いことも起こらずに、学歴もあり収入もありの快適な人生を順調に送る。

家族に一人、天性の病気があると、まるで違う人生になる。
家族から鬱などの精神病者が出れば、暗い家庭になる。

ビック・ツリー」という本を読み始めた。
産まれた長男が自閉症で、奥さんがうつ病になり自殺未遂を何度もやる家庭で、仕事と家庭を抱えて、お父さんは頑張っている。

人は最後は死んで行く存在なのに、何をめざして頑張っているのだろう。
本で他人の人生を読むから、何でそんなに頑張れるの、どうせ死ぬのにと思うが、自分が同じ境遇になったら目の前の状況に走り回り思考停止になるだろう。

「ビック・ツリー」の佐々木常夫氏より、私は恵まれた平々凡々の人生を生きている。感謝である。
この本を読むことで、佐々木常夫氏の人生を追体験することで学びがあるのではないかと思う。

私は自分の人生しか生きることができないが、人は本で他人の経験を読むことで、生き方を学ぶことができる。
壮絶な他人の人生を知ると、自分の悩みや苦労や努力はちっぽけなものに思える。

平坦な人生を生きていても、心は重層な知識と学びを持って、平坦な道を歩いていきたい。
本と想像力を持っていれば、どんな経験も積むことができる。

2010年10月22日(金)
毎日が戦争だ!

朝起きたとき、口がネバっとするのを感じる。
スワ、一大事、歯周病かとなる。

そうなのだ。
歯周病菌は口の中に一億もいるのだ。

それに対して、人間はたった一本の歯ブラシで迎えうとうとする。
一億の歯周病菌に対して、歯磨きを3分で切り上げている人が多い。

最近、好物の甘いお菓子を食べるのを止めた。
糖が出ていると云われたからだ。
私は痩せている。
メタボではない。

しかし、糖尿患者の半分は痩せているのだ。

糖尿病を予防するのに、運動しなさいという忠告は、私の場合は当てはまらない。
運動は10年以上も毎日やっている。
境界型だが、今一番気をつけなければならない。

糖尿と歯周病は相関関係にある。
私は、歯磨きも15分から20分程する。
電動歯ブラシを2台使い、1台は普通の電動歯ブラシ、もう一台は歯間ブラシを挟んで使えるタイプだ。
もちろん、ジェット水流も使う。
朝夕の歯磨きをしっかりとやって、ブラッシングも縦に1本ずつ磨いている。
他の人より、徹底してやる方で、運動も毎日行く。
「なんで俺から糖がでるのだ」と思う。

「何が悪いのだ!」と思う。

いくら歯磨きをしっかりしても、歯周病菌は歯周ポケットに潜んでいるから、なくならない。
次の日には、口は新たな歯周病菌でいっぱいになり、歯ブラシ一本で再び死守せねばならない。


毎日、家から事務所に行く道すがら、私は口に歯周病菌を殺すモンダミンを口に含んだまま運転している。
老人ホームで、歯磨きもうまくできない年寄りに、歯磨き替りに与えているものだ。

人はみな、歯周病菌相手に、勝目のない戦争をしているのだ。ちょっと気を抜くと、歯周病の侵入を許してしまう。
際限のない消耗戦だ。

そうだ!これは戦争なのだ。
背水の陣でのぞもう。

甘い和菓子は、もう買わない。
食事も腹八分目にして、食べ過ぎないようにしよう。

今日、来るときに車内で食べた菓子パン3個、あれを食べちゃ、まずかったよなー。

2010年10月20日(水)
最後は祈るしかない

さて、何を書こうかと思いめぐらす。
その時、私の目はキョロキョロと左右に動き、物を探すように動く。

その時、私の脳は、シナプスに反応する微電流をどの軸索に流し込もうかと、同様に脳内でキョロキョロしているのではないだろうか?

私の部分であって、私の意思で思うように動かせない脳の血流や、シナプスや、軸索や、樹上突起など、一定の法則に乗って動いているのに認識はない。

自分が動く、考える。
その時、我が体内の部品は私が求める動きを、私が認識するいとまもなく実行する。

自分の動きや考えの後に、今の自分の指令は、脳内でどこに行って、体内のどの神経細胞を通り、どの筋肉を動かし、目的とする動きをしたのかを求めようとしても無駄なことである。

私にできるのは、脳の血流を活発にし、血流にのせて栄養と酸素を送るため、我が身体の組成が最良に動く環境を提供するために、食事と運動と睡眠を提供する位なのだ。

だから、私は祈るのだ。
神に祈るのではない。
私自身に祈るのだ。
「今日も精一杯活動するから、どうか最良の動きをしてほしい」と。

私の脳は、その祈りを脳から発信し、私の脳が私の祈りを聞いて受け止めて認識し、最良の動きをしようと自覚する。
細胞レベルも、わが祈りを受け止め、活動レベルを上げようと発熱する。

かくして、私の祈りは聞き届けられる

2010年10月16日(土)
いつも「ゾーン」で居たい

運動をしている時、「ゾーン」と呼ばれる状態がある。
火事場の馬鹿力だ。
自分が身体と一体になって、何も考えてなくて、自分の身体がもっとも良い動きをする。
リズムカルに、軽やかに、しなやかに身体が動く。

普段は私よりずーっと早い人よりも、ゾーンの私の方が、先に行っている。
後から「ゾーンだった」と思うだけで、ゾーンにいる時は周りなど意識もしていないのだ。

自分の身体が、常に最高のパフォーマンスを発揮できればいいのにと思う。
運動の時も、それ以外のときも、常に自分の真の力にアクセスできたらと思う。
年に数回しかゾーンの時は巡ってこない。

運動の時、ゾーンに近づくために私が取る行動は
@毎日やり続ける
A長い時間、軽い負荷を掛け続ける

運動以外のことでも全く同じだ。
時間の隙間無く、常に有益な行動を取り続ける。
もちろん優先順位も大切だが、無駄な時間を無くすること。

イチローは、「神が降りてきた」と言っていたナー。
私も、後から、「神が私の身体を使って1時間遊んでいたのだ」と、思った。

私の身体であっても、私の自由にならない領域がある。
なんて不思議なんだろう。
運動は、大脳の運動野かと思えば、小脳が関係しているそうで、、小脳は原始脳と呼ばれ、動物的に身体が勝手に動く時に使われているらしい。

野獣のように身体の最高の力を出したいが、常日頃パソコンの前に陣取り、デスプレイ相手に対峙している私では、願う方が無理なのだろうか。

自然の中に潜み、野山を駆け回り、行者のように生活すると、人間の野生はすぐに戻るらしい。
メタボな野生を失った現代人にとっては、自然を取り戻すだけでさえ、無理なヤワな精神となってしまった。

2010年10月9日(土)
ノーベル平和賞は中国の服役囚へ

ノーベル平和賞が、中国の服役中の活動家に与えられた。
世界が中国の高圧的弾圧政権に、このままでは世界は受け入れられないとNOを突き付けたのだ。
中国が経済的に発展したのは、中国の製品を買ってくれた世界があるからだ。
中国がこれからも発展し、他国に中国製品を買ってもらうためには、普通の国になることなのだ。
今のように軍事費が二桁増大し、軍隊が強大になるのを周りの国が許容するためには、民主的政府であり、平和を希求する下地があって、初めて受け入れられるのだ。
軍事大国アメリカは、少なくとも国民が選挙で政権を変えることができる。
中国は、直接選挙の実施、言論や集会、宗教の自由などと、ノーベル平和賞受賞者が注文したように国を変えなければ、世界からしっぺ返しをくうことになる。

変えることをいとわなければ、一党独裁をやめ多数政党を認め、普通選挙を実施すればいい。
情報をオープンにして開かれた国にすれば、中国を脅威に思う国はない。

そして中国が変動相場制に移行して、元が高くなれば中国から流れ込む製品価格が上がり、日本製造業も息をふき返す。

しかし、ノーベル平和賞に中国は反発し抗議した。
今後の中国を見守るしかないが、中国に対して「今のままでは私たちは仲良くできない」とメッセージを送り続けなければならない。

日本にいる中国人には優しくしなければならない。
彼らは中国人であることで肩身の狭い思いをしている。

ただ中国人だけで固まらず、日本文化に打ち解ける努力をする。
中国政府の盲流政策の片棒を担ぎ、先兵としてきているのでなければ、の、条件付きだが。

2010年10月2日(土)
中国が領土問題の元凶

秋分を過ぎて、1日ずつ夕方がかしいで夕焼け色が少しずつ増していくようです。
四季のうつろいは、少しずつですが確実に刻まれて、南北に長い国土を、北から秋色に染めて行きます。

何度の季節を繰り返したでしょうか。
繰り返すほどに、郷土への深まる愛着。

祖先が命を()して戦い、焦土の中で涙と汗にまみれ、復興した日本に生きる。
隣国の反日の動きに、しっかりと意図するところを見抜き、理性的に対応し感情に流される愚を避け、しっかりと国土を守らねばならないとの思いを強くする。

「和を持って尊しとなす」と言えど、石油の埋蔵を知ったとたんに降って湧く領土問題。
倍増する軍事費をバックに力で押してくる隣国に、力に対する力をつけ、国土を守る意識を持たねばならない。

香港返還で力をつけ、ダライラマのチベットを押さえ込み、北朝鮮への影響力は深く静かに、今にも台湾を呑み込もうとしている。
ロシアともインドともベトナムとも東南アジアすべての国と領有権を争っているのは中国です。
スーダン・ダルフール武器輸出をして、大量殺戮に使われている。

平和を乱す行動の(かなめ)には、すべて中国がいる。
覇権行動をとっているのは、中国だ。

中国は、トップの意思が国の意思で、国民の声は反映しない国だから、民主主義の国と同じに思ったらダメだ。

周辺諸国が、歩調を合わせて共同し圧力をかけなければ危険な相手です。

中国と領土問題を争っている国は、同盟を組んで中国に対処しよう。

日本議員で、中国から金を貰い、中国寄りの発言をする議員を、しっかりとチェックして選挙で落選させよう。

2010年10月1日(金)
タバコ値上がり!どうする?!

自分の健康を蝕んで、タバコ税を払い続けるか。
それとも止めるのか。

これほど大幅にタバコが値上りすると、タバコを本気で止めようとする人は多いはずです。
しかし、禁煙がうまくいかないことを考えて、周囲には何も言わずに吸わないでガマンを続けているのでしょうか。
「禁煙セラピー」という本もあります。
禁煙グッズもいまや花盛りです。
禁煙外来があって、飲み薬で禁煙できて、保険適用なのに禁煙できないなどないはずです。
禁煙は意思の力ではなくて、禁煙を成功する道筋を見つけることです。

これから先も、ずーっと高いタバコ税を負担して、意思の弱い人と世間に思われながら肩身の狭い思いをしながら喫煙コーナーに向かうのか。
それとも決断して、決別の一歩を踏み出すのか。
喫煙者一人一人に突きつけられた課題ですから、自分で答えを見つけるしかありません。

自分の健康を抵当に入れてまで、吸い続ける義理はありません。
嗜癖(しへき)は、自分に元々備わったものではなく、克服すべき対象として立ち現れているのです。
課題は常に自分の前に現れ、乗り越えるのか、逃げたり言い訳したりするのかと、二者択一を迫ります。

人生は、自分に与えられた課題と向き合うことの連続だとすれば、勝ち続けるしかありません。

突きつけられたタバコ値上げは、喫煙者国民に乗り越える対象のとして与えられた課題です。
自分の問題として対峙して、乗り越えて自立と自信を掴んでください。

上に

上に