スタッフのつぶやき 下へ
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2010年11月27日(土)
放火は一番卑怯です

テレビの中では、色んなニュースが言われていますが、身の回りには大事件は少ないです。

でも私の住んでいる、金沢の金沢西警察管内で頻発しているのが不審火、いわゆる放火です。
愉快犯といわれる、放火して人が騒ぐのが面白いんでしょうが、庶民からしたら、@番腹が立つのが放火犯A番が窃盗です。

放火された、新築の家を建てていた業者は、すべて立て替えないといけません。引渡しまでは業者の責任ですから。

もし犯人が捕まって、少年だったら、その親は金沢で暮らしていくことはできません。
一家もろとも、夜逃げ同然に出て行くことになります。
もちろん少年と親は、それが今生の別れになるでしょう。

考えを深く巡らせば、放火など出来るはずもなく、軽はずみな行動は取れなくなるはずです。

ありきたりな日常が流れていく、怠惰な毎日の中にいて、そんな日々がうとましくなって騒ぎを起こしたくなるのでしょうか。

特異なことが起こらない日常という自由があるから、どんな好きな道でも選べるのだという事が分からないのでしょう。

被害者や、次は自分のところかと怯える近辺の人達、捜査をする警察官など、一人の不心得のために大きく生活の自由を奪われた人達がいます。

罪は償わねばなりません。
もし若い人なら、これで人生を棒に振ることになるのかなー。
もったいない。
私に、その若さと人生を、くれよーーー。

2010年11月24日(水)
北朝鮮と中国はどこに向かうか?

北朝鮮の、韓国への砲撃にはビックリしました。

「良い機会だから、徹底的に叩けばいいのだ」と、思った人も多かったはずです。
しかし、そうは行かないのです。

北朝鮮の後ろには中国がいて、どこまで関与しているか分からないからです。

北朝鮮にしろ、中国にしろ、一番の問題なのは、指導者の一存で決定することです。

北朝鮮や中国の指導者が、何を一番恐れているかといえば、情報開示して、普通選挙をして、世界の情報がドッと入ってきたときに、世界の情報を知った国民が政権を倒すことです。

中国は、多民族国家ですから、現在政権を担っているのは漢民族です。
そして、中国の他の民族は漢民族の圧政に苦しんでいるわけです。

多民族国家が自由になれば、独立運動が起こります。
一つの国の中で、違う民族同士が反目しながら暮らしている国は、自由選挙となれば「あの人達と一緒にはやっていけない」となります。
いわゆる内乱です。

その状態を中国は、反日・反日で目をそらして現政権に矛先が向かわないようにしているのです。

今回の中国の、尖閣諸島問題の日本への反応と、海上保安庁の船への漁船の体当たりに対して、中国がとったレアアースの禁輸措置などに対して、世界は「中国は異質だ、あんな国と貿易はできない」と思われました。

中国は発展著しい国ですが、それは世界が中国製品を買ってくれるからです。
世界への貿易を抜きにして、中国の発展はないのだと、中国の指導者はなぜ分からないのでしょう。

中国は、貿易や文化と共に入ってくる世界の価値感を水際でせき止めていますが、経済だけを活発にして情報を入れないわけにも行きません。

情報の自由化、選挙制度導入、変動相場制、宗教の自由などを中国はどのように導入していくのか。

資本主義国の情報を知った北朝鮮国民は、どのような行動にでるのか。
資本主義国と貿易をすれば、豊かになれるのは分かっているからやりたいが、政権が揺らぐ危険があって、ためらっているのでしょう。

中国指導者は、世界からの圧力を充分に感じているはずです。

世界は平準化していき、どの国も特別な価値感の国はなくなる方向に向かっています。

2010年11月20日(土)
笑えと、他力の風が吹く

私は健康オタクなんだが、健康ではないのだ。

なぜかと言うと、この頃笑いがない。
笑う機会がないのだ。
テレビでは、バラエティ番組は見ない。
見るのは、情報解説番組ばかりだから笑わない。

人と向かい合って話すことが少ない。
だから談笑することがない。


笑いは、人が勝ち取った最高の癒やしだから、大いに笑わねば健康的に損をしている。
笑いと治癒力」の中でノーマンカズンズは、不治の難病を笑いとビタミンCの点滴で治してしまった。
その経験を出版したから、医学会に衝撃が走ったのだ。


ブログとは別に、「笑点」を見たら笑えていいんじゃないかと笑点のテレビ番組を検索してみた。
そうしたら、12月4日に「笑点」が金沢のスタジオで収録されるではないか。おまけに今日が〆切日だ。

私は最近、五木寛之の「他力」を読んだ。
だからというわけではないが、流れをそのまま受け入れようという姿勢が強い。

今日、誰かのツィッターを読んだら、22日のクラウドコンピューテングの講演会の紹介があったので、これもタリキと申し込んだ。

この流れで、「笑点特番 観覧募集」に当たり、大喜利に参加できたら、他力の力を信じる。

私に、「もっと笑え」と、他力の風が吹いているのかも知れない。

2010年11月19日(金)
死なない、生き方

ある本のまえがきです。

大人の3人に1人はガンで亡くなり、さらに3人に1人は心臓病か脳卒中で亡くなり、残りのほとんどは別の病気で亡くなります。
老衰で死ぬ人は2,5%しかいません。
病気やけがを治すために使われるお金は、日本全国合わせると、1日当たり908億円です。
毎日ですよ。

問題Q、そうした病気の患者が思うことはなんでしょう?
答、「まさか自分がこんなことになるなんて・・・」

実は、
多くの病気は、いざかかってしまうと治療はむずかしいのですが、かからないようにするのは案外かんたんなのです。
なのに、大人になると、どういうわけか、病気を避けようとしなくなってしまうのです。

質問Qそれは、なぜでしょう?
答、「長年生きてきたけど今までかからなかったから」、です。

大人の病気は、いったん発症すると治療が困難。
だからこそ大事なのは、どうなおすかではなくて、どうやって避けるかです。
病気にかからなければ、苦しむことも死ぬことも、辛い治療を受けることもありません。


死なない!生き方」という本の前書きです。
著者はNHKためしてガッテンのディレクターです。
実はこれ10代向けの本なのです。


このまえがきは、私の疑問でもありました。
私は自称、健康オタクと言っています。

多くの人が病気になってから、健康になるためのことをあわててやり始めます。
健康が損なわれて、健康度が残り20%ほどになってから、慌てて健康オタクになっても手遅れです。

私は、この本がいうように、病気にならないためには、健康な時の過ごし方こそが大事だということを健康に関する本を読み(あさ)ったから知っています。

毎日の運動と食に気をつけ、健康増進をはかり、タバコや酒や洋和菓子などの危険因子を除去しています。
病院に、貯めた資産を注ぎ込み、健康保険の財政を危機に(おとしい)れる()(おか)したくないものです。


子供向けの本は読むべきですよ。
吟味して、とても分かりやすく易しく書いてありますから、難解な本を苦労して読むよりも、知識を得る目的なら、子供向けの本の方が理解が早いですよ。

2010年11月13日(土)
農業が好きなの?

農業を考えたのは、農地法が変わったからだ。
農地を宅地などには転用できなくなった。
農地を農業者以外の人に売ることもできない。
所有権の規制を強めて、耕作を放棄した土地は、耕作したい人に優先的に斡旋している。
つまり農地は農地でしか流通しないから、農業したくない所有者は安く売るか、ただで貸さねばならない。

農業は一人ではできない。ましてや私は素人だ。
農業法人を作って、多くの農家を集めて組織して、共同作業でやりたい。
しかし、儲かっている農家は共同を嫌うし、うまくいっていない農家ばかりが集まってもしょうがない。
何をするにしても難しいものだ。

しかしこういうことを考えていると、世の中の全体の流れのようなものが見えてくる。
社会を理解するには、このようなシュミレーションを考えることだ。

私は、大きく育った野菜を見ると、作ったお百姓さんを尊敬してしまう。私ではこうはいかないと思わず思うのだ。

私は物事を大上段から考える。
理念や理論が先にあるのだ。
しかし、農業をやるということは、土と生きることだ。
堆肥づくりをして、良い土を作り、適した作物を育て、販売方法を考え、直売所やネットショップも自分でやらねばならない。

食料自給率がどうとかの理屈は農業に要らないのだ。
農業大学校では、「野菜を作るのが好きかどうかだ」と言われた。なるほどそうだと思う。
野菜という生き物を扱うのだ。
自分にそれだけの熱意があるか?
パソコンに向き合っていた方が好きなんじゃないか?

ヘッセが老人になって、庭仕事にいそしんだのはなぜか?
私は、「歳をとったら、自分が帰るべき土に触れ合いたくなるのではないか」という仮説を持っている。
だから私も、今からヘッセの真似事をしようと思う。

しかし、ヘッセが「車輪の下で」を書いたときは、パソコンと言うおもちゃが無かったからなー。パソコンがあったら、ヘッセは庭仕事をしなかったかも知れないなー。

2010年11月12日(金)
農業はどうよ?

先ごろ、農業学校を見学した。
耕稼塾も気になっている。

なぜかと言うと、将来に対する危機意識なのだ。
石油が40年後になくなる。
結果、経済は縮小せざるを得ない。

飛行機や大型船を使っての貿易がどこまで可能か?
飛行機は今の様には飛ばなくなる。
船舶は、補助的にソーラーパネルやコンピュータ制御の自動帆を付けるとしても、やはり動力は石油に依存せざるを得ない。

一般の大型船に、原子力発電を組み込めるかは無理だと思う。
そうなると希少な石油を使い、今よりも貿易は割高になる。
工業製品の貿易も、現在よりも制約を受けたものになるとしたら、一種鎖国に近い状態になるのでないかと思う。

そこで私は、「農業だったら最低限食ってはいける」と思った。
日本は食料自給率40%だ。
石油が無くなれば食料品、工業製品の輸出入がストップするだろう。
人口爆発で、食料の価格が高騰するだろう。
それらを考えると農業を選択に入れるべきだと思った。
少なくとも、食いぱぐれない保険の意味はある。

歳を取ったら、土に生きたいと憧れのような思いがあった。
ヘルマン・ヘッセの「庭仕事の愉しみ」を読んで、私も歳を取ったら庭仕事をしようと思ったのだ。

しかし、逆の動きもある。
今、横浜で開かれているAPECである。
APECは関税をなくし、自由貿易を推進する集まりだ。
自由貿易にするべきだし、関税障壁は無くすべきだ。
私もそう思っている。

韓国は、EUとの間で、自由貿易に調印した。
今や、韓国製品がEUに溢れている。
韓国には、EUから安い農産物が入っている。
韓国は、自国の農業に補助金を出して自由貿易にした。

日本は韓国の2.4倍ほどの人口で、農業人口も韓国より多い。
農業保障するとしても、国家財政は赤字だ。
しかし自由化は止められない。
石油が無くなる事や、人口爆発を考えれば、農業も守って食料自給率を維持し、将来の飢えの危険もなくさねばならない。ジレンマなのだ。

日本はAPECを通して自由貿易にするだろう。
自由貿易にした時、農家への補償をどの程度にするか。大盤振る舞いができるわけもない。
農業を壊滅させるわけにもいかない。

どこで線を引くかなのだ。

私は石油枯渇のエネルギー問題と、APECの動向の間で揺れ動いているのだ。
ハムレットだなー。

2010年11月6日(土)
エネルギー大転換が始まる

今日は、「地球愛・環境とエネルギーの調和を求めて」と題するシンポジュームに行った。

知っての通り、化石燃料である石油は40年、天然ガスは60年、石炭も100年もしないうちに枯渇(こかつ)する。
原子力のウランも100年で終わる。あとは使用済み核燃料をリサイクルせねばならない。

石油が無くなったら、どんな生活が待っているのか?
世界で生活の一大転換が起きる。
まず飛行機は飛ばない。
自動車は電気自動車にする方法があるが、飛行機は電気では飛ばない。
衣服に使っているポリエステルは、石油製品だからなくなり、綿や蚕から出来る絹などだけになる。
ペットボトルなど、プラスチック系統の製品は軒並み無くなる。

家庭用プロパンや都市ガスもなくなる。
アスファルトも石油製品だ。新しい舗装された道路は、石油が枯渇すればもう作れない。
石油が製品となるものには、シャンプー、リンス、石鹸、塗料、接着剤、肥料、農薬、ゴム、薬、・・・これらも代替(だいたい)物に変わる。

エネルギーを、石油から電気に移行するにしても、原子力発電を抜きにしては語れない。

太陽光発電や、風力発電や、バイオマスは現在1.2%しかない。全部の家庭の屋根に、ソーラーパネルをつけても7%しか望めないそうなのだ。
それに太陽光発電は、夜は発電できない。
風力発電は、風が止まると発電できない。
そして電気を溜める蓄電池が必然で、設備が大掛かりとなる。


原子力発電しか、残された道がないのは分かった。
原子力発電なら、Co2を出さないから、地球温暖化に加担しない。
化石燃料を燃やす火力発電や、車の排気ガスは、Co2で温暖化に拍車をかけ、人間の生存を脅かす。

早急に、車は電気自動車に、家はオール電化に、白色電球はLEDに替える必要がある。
人間の住まい方を、Co2を出さず温暖化しないように、エコに塗り替えて、浪費生活からリサイクルする生活に転換せねばならない。

途上国の人口爆発は世界の脅威だ。
今後、エネルギーと食料の奪い合いが起きるといわれている。


この数年のうちに、社会は大きく変わっていく。
石油が枯渇した先の社会に合わせて、産業界も科学者も指導層は進むべき道を見出し邁進(まいしん)せねばならない。
その方向を示すのが、今日のシンポジュームであったと思う。

良い面もある。
資源小国の日本が、原子力発電がエネルギー源になれば産油国の縛りから開放される。
タンカーで石油を運んでくることもない。
資源小国の汚名が、石油の面では無くなるのだ。
技術力の高さこそが、輸出するそのものになる可能性を秘めている。

Co2を一番少なく製品を作っているのは、日本だ。
日本は、環境を破壊しないで、生産する技術力は世界一です。この技術力を各国が欲しがっています。

国、民間がこぞって技術力開発、教育に力を注ぎ、島国日本が世界で生きる道を、世界を救う道を、日本の技術力で切り開いて欲しいと願っている。

2010年11月5日(金)
菓子はもう食べない

よく行っていた菓子店シャトレーゼに行かなくなった。
スーパーの菓子コーナーも、必ずチェックするルートだったが避けている。
酒を止めた後、もっぱらの甘党でよく和菓子を食べていたが、今は食べないようにしている。

なぜかと言うと、最近検査で3度、糖が出ていますと言われたからだ。
2度は、健康センターの尿検査で試験紙で色が変わった。
3度目は産業展示館のイベントの血液検査で、「境界型です」と言われた。
糖尿へのアドバイスは、運動しなさいと言われる。
しかし、私は10年以上も毎日運動し続けている健康オタクなのだ。

店に来る途中にコンビニに寄り、決まって菓子パンを食べ、清涼飲料水のペットボトルを飲みながらくるのが日課になっていた。
スタッフで、パン屋さんに届けるパン生地を作っていた人がいるのでパン生地の作り方を聞いた。
「2割か3割砂糖を入れますよ。砂糖を入れないと生地が立たないから」と言う。
「生地が立たない」という専門用語は意味不明だったが、いろんなパンになる元々のパン生地に、2,3割砂糖が入っていることが分かった。
和菓子も菓子パンも清涼飲料水も、すべて白砂糖が入っている。
コーラや菓子の砂糖の量が見えるサイト

健康オタクの私が、境界型といえ糖尿になるとしたら、和菓子と菓子パンと清涼飲料水を食べる習慣しか残っていない。

白砂糖を取っていると、鬱、疲労、眩暈、貧血、頭痛、浮腫、湿疹、脂肪肝、心疾患、呼吸器病、記憶障害などになると書いてある。この世から白砂糖を無くしたら精神病はすべてなくなるという医者もいるのだ。白砂糖は、思考力が減退し、集中力がなくなり、短気でキレやすくなるという。怖いものだ。

最近は柿やイチジクなど、季節の果物ばかりを食べている。
果物にも果糖という糖分がある。
しかし、果物の糖分はいいのでないかと思っている。
以前、糖尿の講演会に行った時の大学教授は、果物の糖も良くないと言っていた。
次の糖尿検査でまた糖がでたら、次は果物を止めるしかない。

タバコを止め、酒も止め、お菓子も止めて、果物もダメだとしたら、究極の生活はどうなるのだろう。
口にする楽しみはまったくなくなってしまう。
これを導きと考えていいだろうか?

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