スタッフのつぶやき 下へ
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2010年12月30日(木)
こんな年末がこようとは(>_<)

今年の年末は、お客さんの動きが、まったく昔と違う。
夜の街を飲み歩く人は、まったくなくなった。

お客さんの財布にお金が無くなったのか。
確かに、1万円札を出すお客よりも、5千円札や千円札を出すお客さんが多いのだ。
当店に来店する客層であるお客の財布に、社会のしわ寄せが来ているのか。

お客さんの心が、飲みに出る欲求が変化したのか。
テレビでは、相変らずビールの宣伝がかまびすしいが、売れているのだろうか。
忘年会をやる会社も少なくなったと聞いた。
世知辛い世の中になったものだと思う。
隣のスナックも、店を閉めたままである。

世界も、日本も、大きく産業構造が変化しているような気がする。

工場は、人件費の安い中国やインドやインドネシアにシフトしている。
多くの後進国は変動相場制をまだ採用していない。
中国は、日本を抜いてアメリカに次ぐ世界第2の国力を持った。

日本の製造業は壊滅的ではないかと危惧しているのだが、周辺の工場は現在忙しくてフル稼働だという話を聞く。

中国は、酒乱の船長を国を挙げて擁護して、流出したビデオで、中国の対応が世界から総スカンを食って、日本の経営者も中国に依存する危険性を察知して、中国に発注していた仕事を、日本の中小企業にも仕事を頼んでいるためだと思う。

また日本の政治は法律によらず、省庁から企業へお願いという形で、中国一辺倒になる危険を通知すれば、すぐに流れは変わって自国産業界へと戻ってくる。
「中国に行った企業は自己責任で」と言った、前原大臣はさすがだと思う。
あれで、日本企業の軸足が、完全に変わった。

経済は世界規模で見ても結局はゼロサムなのだから、現状の中でいかに日本に有利に外貨を誘導できるかが肝心なのだが、日本の中はあまりにオープンで隠しが無いからアメリカからは、すっかりと政治の中枢まで探られているし、円高に誘導されている。

高い円を使って、いくらでも政策的に日本有利に展開できそうなものだが、政治家は膨大な借金を作ってバラマキを繰り返すしか脳がない。
政策よりも、自分への票が大事なのだ。

韓国や中国のように、外国に自国の労働者を働かせる土地を確保して、労働者を送り込むのも方法の一つだ。


そうすると、旧満洲と対比させて考える人がいて、東南アジアも多くが危惧するから無理だろう。

早く元通りの日本の状態に戻ってくれればいいが、政治の本質は見えず、小沢問題などのどうでもいいことでゴタゴタしている。
私なら、クリーンさよりもどれだけ日本のための仕事をしたかだと思う。
産業界と癒着して政治資金を集め、その金で味方議員を集めて日本の政治を牛耳るやり方は、過去のやり方ではある。
ただ司法に移っているのを騒ぐのは、政敵や影の意向が働いているのだろうと勘ぐってしまう。

小沢政治は、高速道路を1000円にしただけでも運送業界が息を吹き返し、今や東京まで4千円で行けるのだ。
良い悪いは別にして、日本の景気の起爆剤になった。

だが日本をどうするのかのビジョンが見えない。
中国に若手国会議員30人ほどを連れて行って、胡錦涛と次々と握手をして写真を撮ったと聞くと、中国に身売りするのかと思うのだ。

2010年12月27日(月)
日本は農地争奪に遅れをとった

豊かになれば贅沢になる。
中国の肉消費量が増大し、すぐに食料輸入国になる。

世界各国が将来の食糧確保に、農地争奪戦を行っている。

後進国の広大な農地を借り受けて、大規模農法で穀物を生産しているという。
韓国や中国がどんどんと借りあさっているらしい。
日本国土の何倍もの広さの土地を手に入れ、穀物や野菜を作り自分の国に持っていくのだという。

ここでも日本は遅れをとっている。
長期展望があれば、日本がバブルの頃にいくらでも今の中国や韓国がやったことを平和的に出来たはずである。
ODAで世界に金をばら撒いていた時に、ODAの見返りとして農地を求め日本のために生産すれば良かった。
国外的には、将来の食糧危機に備えてと云えば反対はされなかった。

世界的に人口が激増しているとき、日本の農地は増やす余地はないのだから、輸入食料を奪い合って価格上昇するのが分かっているから、韓国や中国は他国の農地を借り受けて自分のために生産を始めている。

韓国や中国の行動は日本をも利するから反対する気は無いが、日本政府の無策が悲しい。

日本人は相手を思いやったり、ワビサビの情緒に長けているが、長期的展望の政策面は、アメリカや中国や韓国が上を行っている。

2010年12月24日(金)
議員報酬半額、上級国家公務員報酬3分の2

国会議員も、地方議員も報酬額を半額にする。
高級官僚は報酬を3分の2とする。
そうすれば、金目当ての人は議員や官僚にならない。

会社に勤めるより、公務員の方が良いように思うのは、どだいおかしいのだ。
会社は税金という国の利益を生み出す産業。
勿論公務員も税金は引かれている。税金からもらって税金を払うから、タコが自分の足を食べるに等しく新たに生み出しはしない。

国の土台は会社であるのだ。
会社が大きく利益を上げ、多額の税金を納められるように、会社が利益を上げやすく環境設定するのが公務員の仕事の一つだ。

それと選挙の票は、1人1票にするのでなく、納税額により決める。多額納税の人は10票でも入れれるようにすればよい。

現状では、貧乏人が多くて、多数の有権者に合わせようとすればバラマキになってしまう。
多額納税者は、会社の社長や創業者であるから、仕事を生み出し雇用する人でもある。
政策が雇用者有利に働けば、新たな仕事を生み出し雇用を生み出す。

生活者のための政策とは聞こえは良いが、結局のところ返ってくるものリターンがない。
対象が大勢過ぎて、政策はすべて吸収されて消えて無くなるのだ。どんなに金を使おうが、焼け石に水の如くにかき消えるのだ。
楽をして金をもらえると、次は依存体質だ。
本当に生活に困窮している人と、ブラブラとパチンコに通う人を見分ける事ができるだろうか。
税金支給の条件は、自衛隊への一定期間入隊で、規律と規則正しい生活を身につけることを条件とすればよい。

税金で職業訓練をした場合は、試験をやって成績の悪いものは雇用保険を支給しないようにする。
まじめにやっても成績を取れない人もいるので、受講態度も採点に入れる救済措置も必要ではある。

現状の議員は、日本の将来を考えているとは思えない。
有権者にこびて、選挙で当選することばかりを考えているだけだ。

私としては、総理大臣に大前研一氏か櫻井よしこ氏を押したい。
大前研一の「この国を出よ」にあるように、日本の赤字が天文学的になって、ギリシャのようにヘッジファンドによる売り浴びせで円が暴落し、国家破産に陥る可能性がどんどんと高まっている。

大前氏の予想を踏襲しないためには、議員や官僚の報酬を下げて、既得権益にしがみつく年寄りを追い出し、日本のために働きたい有為(ゆうい)な人材を多用する環境作りをする。

選挙屋で、業界との癒着で政治資金という鼻薬で政治力学に明け暮れ、国家存亡の危急に対処しない者は、議員報酬が半額になり政治資金規正法を厳しく対処すればいなくなる。

バブル以後、沈黙の20年が過ぎ日本が現在のようなテイタラクに堕した責任は、国会議員と官僚にあるだろう。
総入れ替えするためにも、議員と官僚の報酬を下げるべきだ。
名古屋市長のように、国会議員で自分の報酬を下げようと提案する者もいないし、提案しても潰される環境だから、議員報酬も人事院勧告として、議員報酬や国家公務員報酬への人事院勧告の提言が適正か高いか安いかを選挙時に国民投票すればよい。

今、日本の借金を減らす政策を取らないなら、日本の預金者は銀行から預金を引き出し、EUや元を買いに走るだろう。
円が下がり始めたら、もう預金引き出しは無理だ。
IMFが入ってきたら日本は終わりだ。

但し、円の価値が下落し、10分の1ほどになれば、労働者の賃金も10分の1で、他国との競争力も復活する。
敗戦直後の日本に戻ったと思えばよい。
開発途上国の仲間入りだ。
沈黙の20年が終わり、次の50年の幕開けだ。
輸出は復活し、賃金は他国の10分の1だが、日本から出ない限りは意識する事もない。

そうなったら、行きたくても海外旅行など、夢のまた夢になるのだから。

2010年12月18日(土)
エコと経済発展、両雄並び立たず

BRICsは景気がよくて購買意欲が高まっています。
かたや日本は、デフレで物は売れず、「断捨離」と云って物との関係を問い直す考え方で、捨てまくっている。

経済的には、物が売れて景気が良いほうがよい。
しかし、物が売れて景気が良いとはエコではないのだ。
燃費のいいエコの車に乗り換えると、買い替え需要で経済的にはよいが、廃棄される車と生産される車でCo2を大量に使うので、エコとは呼べないのだ。
エコのためなら、燃費が悪くても末永く乗り続ける方が、Co2排出のエコには貢献する。
エコのためと云って、買い替えを勧めるのは企業サイドの都合でしかない。

Co2削減と経済発展は両立するか、はなはだ疑問である。
本当にCo2を減らそうとしたら、経済的に縮小するしかないのでないかと思う。

現在は燃費の悪い車を廃棄して、ハイブリットカーにしている。
次は、ハイブリットカーを廃棄して、電気自動車にしようという需要が喚起されるだろう。

それなら今は我慢して、電気自動車まで待ったほうがCo2削減には効果的だろうと思うが、企業サイドはそうは言わない。
日本国民は賢くなったから踊らされずにデフレなのだ。

BRICsは昔の日本と同じだと思いたいが、経済発展では日本だけ蚊帳の外なのだ。

地球温暖化を防ぐCo2削減に真面目に取り組むから、経済発展で置いていかれるのだ。
アメリカも中国も、本気で温暖化防止に取り組むつもりはなさそうだ。

日本がCo2削減技術を開発したら、スパイや政治圧力やコピーで技術をタダドリしようと狙っているのだ。
技術で先頭を走っていた日本が、今なぜ後塵を浴びるのか、それ以外に説明がつくだろうか。

2010年12月16日(木)
議員報酬は、世界と比較して減額すべきだ

日本の地方議員の報酬は、世界の地方議員の10倍だそうだ。

名古屋市長の河村たかしが、市民税減税と市議会議員報酬半減で名古屋市議会と争っていた。
河村たかしが市議会リコールを訴えて住民投票の署名集めをしたときに、世界の地方議員と名古屋市議員の報酬比較をマスコミ用に出してきた。


世界の国々と比較して、日本の地方議員の報酬が10倍も高いとすれば、日本国中の地方議員、国会議員の報酬を調べて、世界の標準に合わせればよい。

問題は、河村市長が報酬半減を打ち出さなかったら、いつまでもこのままだったということだ。

なぜ日本のマスコミは、ニュースになる前に日本の議員と世界の議員の報酬の比較を問題に出来なかったのだろう。
誰が結婚したとか、離婚したとか、芸能人ネタばかりで、本質を追いかけていない。

読者や国民が求めるものを報道すると云えば、聞こえはいいが、大衆におもねっている。
マスコミの本質は、権力に逆らっても国民の知る権利を守る事にこそあるはずだ。
知る権利と言っても、どうでもいい覗き見趣味の知る権利ではなく、国難をこそ第一とすべきだ。


現在の日本は、中国、インド、ブラジル、ロシアなどBRICs(ブリックス)やアメリカからも取り残され、1国だけが割を食っている。

日本の、何が悪いかといえば、政治だ。

その議員報酬が他国の10倍もあって、政治は3流だとしたら、「議員報酬は今の10分の1にしろ」と言いたくもなる。
または、議会に出席した日ごとの日当制にすればよい。
その方が、金目当ての議員は消えていなくなるだろう。

2010年12月11日(土)
愚かさや無知をなくす、読書

世の中の問題や混乱は、不明(ふめい)な人が起こしていると思う。

幼児虐待にしても、我が子を虐待する親は、自分の感情を自分で処理しきれずに弱いところにぶつけているのだ。
取りも直さず、自分の弱さと云える。

窃盗や、万引きをする人がいる。
自分の弱さが、万引きの誘惑に負けるのだ。
金を払わずに、物を手に入れることを得と考えてしまう。
万引きをされる側の他人の痛みを感じる感受性が育っていない人間性の不完全さがなせることだ。

自分の不遇(ふぐう)を悲しみ、他人の幸福を(ねた)(のろ)い、他人の生活を気にし(のぞ)き見し、それでいて自分で努力しようとしない、例えば座ってテレビを見ているだけのような楽な生活に流されるままに送っている。

世の中に起きる事など、問題解決の方法は全て本の中に答がある。しかしマンガや週刊誌は読んでも、人間力を磨くための本をまったく読まない人達があまりに多い。
ためになる本を読まない人が、自分の感情を処理しきれずに起こすのが事件と云える。

昔から、本を百冊読むと、人間が一皮向けると言われる。
若いときに本を乱読することが必要なのだ。
私も仕事を辞めて、次の仕事に行くまでの半年間を、図書館に通って毎日1、2冊ずつ本を消化していったことが懐かしい。
あれがあって、今があると思うのだ。
思いっきり本の中に自分を沈潜(ちんせん)させることができることは、後から考えると至福(しふく)の時だったと思える。

思考が単純で無く、あれこれと自分一人で思いめぐらすことができることは知性と時間を必要とする。
自分の感情の起伏も起これば、相手の感情も想像が付いて、論理と理性と感情の一人問答を自分の中でかけ合いすることができると、単純にいきり立つことなどなくなり、笑いながらジョークのように表現し解説することもできる。

要は、本を読み自分を掘り下げていくことに尽きるのだ。
自分を掘り下げることが深くなれば、問題の根はすべて解決する。

2010年12月10日(金)
メモ、メモ φ(・ェ・o)メモメモ

いつも思いついたことをメモする用紙を持っていて、すぐにメモしようと思うのだけれど、思いついてメモしたい時に何もない。
メモする紙やボールペンを探している間に着想は消えてしまう。

何年も何十年もそうなのだ。
まったく進歩が無い。
大学ノートを持ち歩いた事もある。
いつの間にか、大学ノートを持ち歩くのを忘れている。

いまだ、何ものにも成りえていない。
大成するかしないかは、大成する習慣が出来ているかいないかの違いと言う。
私が大成しなかったのは、メモの習慣が出来なかったためかも知れない。

着想は、天から降ってくるのか、湧いてくるのか、あるのだ。
後は着想を受け止めて整理して、優先順位を決め、行動予定(To do List)に落としていく。
その受け止めでもう失敗している。

着想の3上と言う。馬上、枕上、厠上だ。
車に乗っているとき、「あぁ、そうだ」と思うのだが、ボイスレコーダーは鞄の奥深くだ。メモも無い。メモを探している間に、「あれ、なんだっけ」となるのがいつもだ。

「アルジャーノンに花束を」や24人のビリーミリガン」を書いたダニエル・キイスは、枕元にいつもペンライトにボールペンをくくりつけたもので、暗闇でも直ぐ書けるようにしているとテレビでダニエル・キイス本人が言っていた。

私もすぐに真似た。
いざ暗闇で着想を得て書こうと思ったとき、ペンライトの乾電池が切れていてダメだった。

準備万端、持つべき7つ道具を、いつも身に付けて完璧を期さねばならない。

私はトイレにいって、手を洗ったらハンカチを持っていない。
鼻水が流れてきて、ポケットティッシュをもっていない。
細かいものを見ようとして、鞄を探してもあるはずのメガネがない。
いつもそうなのだ。

大きな身体をしているくせに、いつもアタフタと急いでいるのだ。
時間ギリギリまで、何かに取り組んでいて慌てて駆け出すのだ。
そして、いつも忘れ物が何かあるのだ。
もっとしっかりした、自分を創らねばならないぞ。

2010年12月5日(日)
明確なメッセージが欲しい

政府が、将来に対してどうしたいのか、国民向けの明確なメッセージがないので、国民は不安です。

膨大な赤字国債という借金。
若者の肩にのしかかり、将来への不安が倍増します。
行政改革して、役人官僚の数を減らして、小さな政府を目指したはずでした。
税金という収入が10で、支出で20使っています。
頭のいい人たちは、どのようにしようとしているのでしょうか。

政府の赤字国債を買っているのは、銀行です。
国債の利率と、銀行の預金者への利息の差が、銀行の利益になります。
ようするに日本国民の金で、国家の借金を支えているわけです。
だから将来も借金体質だけれども、国家はつぶれないから大丈夫なのでしょうか。

ギリシャが財政破綻したように、日本の国家がヘッジファンドの攻撃で財政破綻しないでしょうか。
円が、信用不安で暴落する借金分岐点はどのへんでしょうか。
政治家や、財務省、金融庁、日本銀行の幹部官僚が、資産を円で持っているか、他の通貨で持っているかの情報を開示して欲しいです。

トップダウンのリーダーシップで、将来の方向性を見据えた方針を示して欲しいです。
美辞麗句で飾り立てた演説やマニフェストで、借金だけが膨らんでいく現状には答がない。

日本と日本人は世界に貢献できる多くの美点があります。
今の日本は、ただアメリカの陰にいて存在感が悲しいくらいまったくない。
各国との協調だけで、日本の政策独自性は何もなくていいのでしょうか。

2010年12月4日(土)
興味のおもむくままに

私の興味の範囲は、取りとめもなく広がってゆく。
講演会や、講座や、シンポジュームなどが好きで、色んな方面のものを聞きに行く。

自分の興味のある対象のものばかりを追いかければ、深くなって良いのかも知れないが、狭くなるきらいがある。
研究テーマでも、狭い対象を研究している人より、より広い対象のテーマの方が話はおもしろい。
ましてや研究者でもない、市井の私の知的楽しみである。
おもむくままに、気のむくままに、知的興味をかき立てていたい。

ミーハーで結構。
仕事で無いのだから、縛られたり、努力を伴うものはいらない。

どこから予算が出ているのか分からないが、講演会にもお金がかかっているはずである。
私の楽しみのために講演を企画してくれているようだ。
月に15回以上は行く。
街中の会場は、駐車料金が高いのが痛い。

読書の範囲も、まったく同じなのだ。
百花繚乱のごとく、みごとにいろんな方面の本が、いつもかたわらに雑多にある。
本を借りても、自分が選んだ本なのに、なんでこの本を自分が選んだのか分からないこともしばしばなのだ。

図書館から借りた10冊以上の本を、常に近辺において、片っ端から平行読みをする。
読んでいる本に飽きると、別の本を読み始める。
常に5,6冊の本が読みかけ状態にある。
出歩く時は、懐に新書版か文庫本を持っている。
車が信号待ちの時も、時々読んでいる。

読了せずに、読みかけのままに、図書館に返却することも多い。
読みかけの本を返すのは、次の予約の本が入ったからなのだ。
読みかけのものも、本の題名と読んだページを記録しておく。
興味が出たときに、借り直して続きから読めばよい。
借りたら、必ず読まねばならないと決めると、義務となって苦痛になる。

読む本の対象はどれでも構わず、自分の読みたい気持ちを持続することが先決なのだ。
だから私は講演会にしろ、本にしろ、自分が強く引かれたものに向き合う。
興味本位の、さすらい(びと)なのだ。

2010年12月3日(金)
師走のイベント開始

12月最初のブログだ。
なぜか師走となると、普通の月とは気分が違う。

テキパキとやるべき事をやっていかないと、アッという間に今年も終って、新しい年が来てしまう。
そう思える、何か慌ただしさがあるのだ。

今年は、少しは成長できただろうか?
12月は、反省の月でもある。


毎年の如く、めぐり来る季節を数え、歳を重ねていく。

日本人は、季節とイベントに強く反応する国民性だ。
私が、師走だから特別な気分になるのも、日本人特有と云えるだろう。

最もイベントの多いのは、12月から1月である。
お歳暮、忘年会、クリスマス、年賀状、しめ飾り、大晦日、紅白、カウントダウン、そしてお正月、初詣、お年玉、新年会と続くのだ。
こんなにイベント続きの師走では、先生でなくても走るだろう。

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