店長のつぶやき 下へ
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2011年7月16日(土)
どうでもいい事が決まらない

いつもこの時期になると、店に来て食べるものに困る。
冷やし中華か、ソウメンくらいしか食べたくなくなるのだ。

店での食事は主に店屋物を取る。

熱いラーメンは食べたくない。
しっかりした食事は高い。
仕事中だしシッカリした食事をするほどでもない。
となると、どうしても冷やし中華か、ソウメンかの二者択一になる。


どちらでもいいのに悩むのだ。

こんなことで悩んでいては被災者の人に申し訳ない。
良くも悪くも、こうして他の人のことを思いはかるのが、平均的日本人だ。

早いこと、食べるものを決める事にしよう。

2011年7月9日(土)
3歩以上、駆け足!

私は、いつも小走りに走っている。
外での話しだ。

移動はほとんど車だが、家ドアから車までの間を走っている。

3歩以上、駆け足!
警察学校での教則にあるそうなのだが、それを取り入れているのだ。

私が思うに、子供の時は、親に静かにしているようにと言われても、走り回ってジッとなどしている子はいない。
子供とはそういうものだ。
動く事が楽しくて仕方ないのだ。

私は、子供の心を失うまいと思った。
動く事が、自然で楽しいと感じる自分でいたいと思った。
だから外では、3歩以上駆け足なのだ。

大きな身体をして走っているから目立つのだ。
だけども止めない。

男は、泰然自若とか、動かざる事山の如しとか、落ち着いてドンと座っているのが大物みたいに言われている。

昔は移動は車などなかったから、歩いてばかりいて身体を動かさねばならないことばかりだった

運動して、その上で泰然自若だったのだ。

現代は、すべて車での移動だから、意識して運動する場面を作らねば成らない。
パッと動けない人は、大抵みな太っている。
一呼吸あくと、動くか動かないかの判断の思考が働いて、思考の後に動くのはエネルギーを使うのだ。


私は、3歩以上駆け足と決めているから、身体はすぐに反応して走り始める。

大人は、急ぐ事が無い限り走らない。
誰もが子供の様に走ることをかっこ悪いと思っている。
自意識が大きくなるにつれ、身体を動かさなくなっていくのだ。


しかし、身体は本当は動きたがっている。
細胞は常に活動していたいと思っているのだ。
脳で判断するから、動けなくなるのだ。

歳を重ねるごとに動かさなくなった細胞は、廃用性萎縮の原理に忠実に、使わない機能や使わない細胞は消滅していくのだ。
私は、廃用性萎縮やアポトーシスと言われる現象が、自分に現れることが怖いから、身体を動かす事に積極的なのだ。

自分の足に、自分の足がからまって転んだとか、分かっている小さな段差につまずいて転んだとか聞く。
動物としての当たり前の機能が失われているのだ。

ブヨブヨとした内臓脂肪と皮下脂肪を抱え、ヨタヨタと歩く事を自分に許すことなど、私には考えられない。

身体にかけた運動負荷に対して、負荷に負けない筋肉が養われていくのが人間の身体だ。

私は、自分の身体が廃用性萎縮で自由に動かせないことにならないよう、自分の身体に毎日小さな負荷をかけ続けようと思う。

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